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現象から自分を観る
2018/12/27(Thu)
20080414110330


『身に起こる事はすべて心の写し絵』
心の様 想念の様が現象を操っていく

「納得なんか出来ない 理不尽だ 耐えられない情況だ!?」
或いは「身に余る幸せ これは本当だろうか? 怖いほどだ…」

そんな風に思ったとしてもそれはいずれも偶然の産物なんかじゃない
必ず心象世界や観念や 究極は運命を投影している

身に起こった現象 それを操るものを詳らかに検証すれば
必ず そこには自らの実存領域の意識構造を示す確かな『答え』が見えてくる

だが どんな答えの出し方をするかによって
明日から続く未来を映し出す像が違ってくるのが道理である
たとえば「何もかも運命というものは必然のドラマだ」と定義した時…

こんなときには何もかもが行き当たりバッタリで
向こうからやって来るものに身を任せて生きようとするのだろう
しかしこれはただ受け身の 成り行き任せの運命観なのであり
そこから 新たに生まれ創り出されるものは無いのである

その反対に 現象を見詰め学んで きちんとした『答え』を出す
その答えから確かな因果律を見つけ出し『明日への指標』を立てる
それが大きな意味のある事となる
即ち現象論的命運解析というものであろう
それが深い自己対話と緻密な未来予測と
あらゆる場面場面への対応策を成熟させてくれるのだ

『すべては必然のドラマ 何もかもが決められた道を行くのだ』
そんな風に運命を語ってしまうとその時 その場の意識や感情すらもが
宿るカルマの帰結として処理されてしまう事になる
何も考える必要もない 決められた通りの運命を具象化する
『それが人生の正体なのだから』という諦めの論理に帰着する事となる

運命は必然だが 明日の現象の事はいつでも想定内必然じゃない
明日から続く 遠い未来は 手の届かない夢の仮想空間なのだから
そこに 能動的に創り出される運命の力学が働くのだ

運命の構造については 絶対無二の単一必然論を取ってはならない
カルマは修正され 新たに創り変えられ
この世の時空と連動しながら 来世のカルマの原型をすら創っていく

そんな風に思考のベクトルを回してみたらいいのだ
いつでも運命の主役は誰でもない 自分自身なのだから…

「カルマとは『宿業』という。決して解き放たれる事がない。
定められた無情なシナリオに従って過酷な運命舞台が繰り広げられる」

そんな風に思ってはいけない シナリオは書き直して作り直して
アレンジも許される  アドリブだってどんどんやればいい
だって いつでも いつだって 『運命の主役』は自分なのだから……

それでもなお『決められた通りの人生だから
考える事なんかやめてしまおう 明日の事は明日が
勝手に決めていくのだから なるようにしかならないんだから…』
そんな諦念に取り憑かれた者の言葉が零れてくる…

だけど「あぁなりたい こぅなりたい」と思う心があるかぎり
明日を感じる明日を考える事になるのが人というもの

さあ決して決められてなんかいない明日に向かって歩き出していこう

優しい優しい太陽があなたを照らす
あなたの明日を照らす……

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