信じること
- 2012/02/27(Mon) -
20090324103118


信じようとしても
信じきれない心の葛藤を
あの人は知っているのだろうか

会うことも 連絡することも
気持ち次第 自分の都合次第で
いつも自由に振る舞っている

何の屈託もなく 会えば楽しそうにしている
嫌味も束縛もなく いつだって
さりげない優しさを感じさせてくれる人

文句を言っても 軽く流されるだけで
ケンカにもならない

でもそれが包容力のある証しなのかどうか?
束縛しないのは 束縛されないための布石だろうから
文句を軽く流すのは はなから人の話を聞いてないから

それでも本当は
信じて黙ってついていけばいいのかもしれない

だけど会えないときに
独りの時のあの人の行動が掴めなくて
気になって 信じきれないのだ

信じるためには もう少し もう少し
自分が成長しなければならないのかもしれない

… … … … … … … …

信じるためには何が大事なのか?

相手の心に自分がどう生きているのか
どう活かされているのか
自分の心に相手がどう生きているのか
どう活かしているのか

今この時に相手と自分がどう向き合っているのか
そのことだけを見つめればいい

信じられるか 信じきれないか…
そんな事を悩む前に「疑う自分の心」と対座するべきなのだ
疑う心こそが 裏切りを誘発するのだから…

そして何をどう信じるのかを考えてみる事だ

愛する事愛される事は契約でもないし
誓約じゃないのだから…

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自分さがし
- 2012/02/23(Thu) -
20070315102604


自分には欠けたものがある それが許せない

駄目な部分を何とかしたい

あの人も この人も みんな自分より 立派に見える

悩みも無いように見える

今居る自分が恥ずかしい

消えてしまいたいほどに 悲しい 寂しい

一体自分て何? 自分に何があるのだろう

何が出来るのだろう

足りないものばかり 欠け落ちたものばかり

こんな自分じゃ 生き抜いていく事なんか出来っこない


誰か教えて 誰か私の手を引いて

『私は何処へ行ったらいいの?』


答えの無い問い掛けを風が運んでいく

待っていても 誰も教えてくれない

手を引いてくれる人もない・・・

足元が暗くて とても冷たい

この場所に佇んで

いつまで こうしているのだろう・・・



悩んでも悩んでも自分が見つからないのは
見つかる筈のない「自分さがし」をしているからです。
そう思う前に、今から少しづつ自分を創っていってはどうでしょう。

何かを始めてみましょう。
何かをやりながら自分を感じていくのがいいのです。
『ここは何処? 私は誰?』なんて悩まずに
何かをやってる自分から答えを出していくのがいいのです。

すでに何かをしているのなら
そこから自分を創っていけばいいのだから。
もし、そこが自分の居場所じゃない
自分が生かされないと思えるのなら
少しだけ自分が見えているのだから大丈夫。

そんな時には、自分を探すのは止めて
自分の居場所をさがせばいいのです。
自分を活かす場所をさがせばいいのです。
むしろ自分は、ほんの少し見えているぐらいがいい。
解らないから、解るために生きればいいのだから・・・

『人は生きた分だけ解り、解った分だけ生きる』

解りましたか?

泣いてる場合じゃないですよ!


『自分さがし』 復刻転載

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褒められて
- 2012/02/17(Fri) -
20090225094225


いつも いつも褒められて
どんな時も 何をやっても何を言っても
決して咎めない 決して貶さない
何もかもを褒めてくれる人達

“こんな事言ったら変だろうな?”
“こんな事したら絶対に変だろうな?”

そう思って あの人達を見詰めると
みんな溢れる笑みを返して賛同してくれる
そんな人達を心から大事にしていた
かけがえのない理解者だと
真底の愛情 深い友情を感じ 心を許していた

これまで 何もかもを咎められてきたから
あっちからこっちから 非難され蔑まれてきたから…

褒められて 微笑みを貰って
何から何まで受け入れられる幸せに酔っていた

でも それが本当は一番の蔑み
一番の侮り嘲りだった

今まで傷つけられてきたと思っていたのだけど
実は気持ちのこもった忠告だってあった
愛のある批判だってあったのだろう

“愚かで粗忽で非常識” 
“まるでKY(空気読めない)だよね!”
”自分勝手でやりたい放題 無神経!“

そんな風に言われ続けてきた 
それは自分への イジメと思っていたのだけど
間違いだった 思いやりのある諫めだったのだろう

今 向き合っているのは…
褒めて褒めて どんどん愚かな行動をさせて
裏で嘲笑する いつしか誰からも相手にされない
誰からも侮られる 悲しい道化にさせられていた…

それは『誉め虐め』 の世界の人達

… … … … … … … … … 

ある相談者の話です。

一見優しく思いやりもあり融和の心を感じさせる人達がいる。
態度仕草も穏やかで丁重、極めて善良で誠実で慈愛溢れる 風情があって…

対座する者の与える波動は 我が心の写し絵というけれど、時には、こうした巧妙な絡繰りに翻弄される場面もある。
人の目の中に自分を写しながら生きていく事の怖さを物語るドラマである。
大事なのは人の目じゃなく、自分を見詰める 自分自身の目を作ることである。

『褒められて』復刻
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掌を磨いて
- 2012/02/13(Mon) -
20090217100145


運を捕まえる 幸せを掴む…
それは自分の手

その掌を天に翳して神気を仰ぐ

何を捕まえ何を掴むのか
どんなものを掌中にするのか
それは すべてアナタ次第 キミ次第

身に起きること 良いことも悪いことも
みんな掌の上に乗せて しばし眺めて吟味して…
向かい打つものを掌に転がしてみる
吉凶禍福 運の全容は掌の中にある

掌を磨いて磨いて 磨き込んでいこう
明日への未来への 確かな心を創って
掌に現れる「人生の地図」を描いてみよう

どんな道筋 どんな道程 どんな景色…
キミのアナタの描く地図はどんなだろう

心を創って確かな意識を持って
思考と行動のレベルが上がっていけば
自ずと 掌は磨かれていく
見事な人生の地図が出来上がっていく

光輝く明日への道標を描いていこう


最近 ペンで金や銀の掌線を描いて
生命線 運命線 太陽線 頭脳線 などなど
手のひらの地図を創り替える裏ワザがあるが

それでも やはり心を磨いて想念を磨いて
強い意志力を養っていく事が大事

掌を磨くのは 自分自身を磨く事なのだから…


『掌を磨く』 加筆改稿

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心が立ち直る時
- 2012/02/09(Thu) -
20090207112605

20090207112601


苦悩の谷底に落ち込んで うずくまっていた心が
立ち上がり這い上がり 歩き始めた時

すぐには進むことが出来ない
一直線に前には進めない

数歩進んでは 一、二歩後戻り
また進んでは後戻りを繰り返しながら
足取りが次第にしっかりしてくる

焦らないで欲しい 慌てないで欲しい
前に向かって一直線に進めないからといって
すぐに走り出せないからといって
今していることが 無駄な努力ではないのだから

怪我をした心が 傷付いた心が
しっかり歩けるようになるまでは
光に向かって駆け出せるようになるまでは
少し時間がかかるけれど

しばらくは足踏みしか出来ないけれど
確実に前に進んでいることを信じて

明るみが手を広げて キミを待っていることを信じて
一歩一歩 歩いて行って欲しい
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花の色 色とりどり
- 2012/02/08(Wed) -
20080227101916



遠くから見ていると
可憐で可愛くていとおしいから
そっと手を差し延べたくなるけど

近寄って一つ一つ見れば
それぞれの個性か見えてくる

自分だけ目立とうとして
他を押し退けようとするもの
他のものの陰に隠れ込んで
ひっそりと微笑んでいるもの

遠くから見ているだけでは解らない

話してみなければ 付き合ってみなければ
個性も本質も解らない

離れていれば 幻想も抱けるけれど
間近にいれば 現実が見えてくる

華やかさが ただの虚飾だったり
優しい思いやりと感じたものが ただ優柔不断だったり
強い意志力が ただ強引な我が儘だったり

一目惚れもトキメキもいいけれど
男と女は向き合わなければ わからない
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春の彩り
- 2012/02/07(Tue) -
20070117095841


冬の最中(さなか)でも

そこだけ春のような彩りが溢れている

寒気を浴びながら 尚一層の華やかな色を放つ花達

その生命の息吹きに力づけられる

肩をすぼめたコートの中で

ほんのり胸が温かくなってくる

その胸の中に生まれた陽だまりに

心の窓が開きはじめ

思わず 駆け出したくなる自分がいる


節分が過ぎて春立ちのぼる時
その時候が一番寒い時

でも心の中に 胸の内に
確かな春を宿して・・・  
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深い河を渡るには…
- 2012/02/06(Mon) -
20090122091213


目をつぶったままでも 恋はできる
その時その場の思いだけで走っていけばいい

相手の実像も心の実体も 深く見詰めることもいらない
胸の中で思うがままに「理想の幻影」を創りだせばいい

「恋は盲目」というくらいだから
嫌な所なんか目に入らない

好ましい所だけを見続けて
ときめいたり燃え上がっていればいい

でも もし生涯を共にするのだったら
目をつぶったままじゃ無理 何も知らないままじゃ無理

もしも そのまま突き進んだら
倒れて転んで 大怪我をしてしまう

一時のトキメキや熱情 ほんの束の間の逢瀬なら
何処か一つでも気に入ればいい

だけど毎日毎日の生の営みを共に続けるためには
相手のすべてを受け止めなければならない

そのためには実像も心の実体も
深く理解していなければならない
どんなに辛くても苦しくても
相手を受け入れなければならないのだから…

忘れないで欲しい
恋と結婚の間には 深い河があることを

そこに橋を架けて渡るには

『互いの信頼』 という名の絆がなければ
ならないことを……
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辰年 始まり ・飛龍在天
- 2012/02/04(Sat) -



明けましておめでとうございます

節分明け 卯から辰へと代わりました

今日は立春 旧暦の正月です

激動の時代 明日が見えない 未来がまるで不透明…

そんな不安を抱えながらも

やって来たのは龍の年

『飛龍在天』

天空高く飛翔して 大きく旋回して駆け巡る

そんなスケールの時代になりますよう

心から祈念します

良い年になりますよう
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節分
- 2012/02/03(Fri) -
20090203134942



“鬼は外! 福は内!”

一年の無事息災と福運を切に願って
年の数だけ豆を食べて…

そして外に内に 豆を投げては
“鬼は外! 福は内!”を唱える
遠い昔から親しんできた節分の豆撒き

今の時代に どれだけの人が
節分という 年と年とが入れ替わる時の
通過儀礼を執り行うのだろう?
最近は「恵方巻き」が流行… 

立春を迎えて 節気が変わり暦が卯から辰になる
旧のお正月という事も はっきり知らない人も多い

いよいよ新しい年の始まり!

…………………………

さあさあ 鬼退治!

そうは言っても 鬼は一体何処に居る?
しっかりはっきり姿を見せているなら
豆もぶつけようがあるけど…

強い鬼 極悪非道の鬼は人の心の奥底の
暗部に潜み 滅多なことじゃ表に現れて来ない

それに鬼は家の中だけじゃない
四方八方に 人の気配があればどんな所にも居る
そう 人の数だけ居るのかもしれない
そして豆をぶつけたぐらいで 退散するほどヤワじゃない

でも もし現れて来たのが こんな風な鬼達なら
遊び相手に 話し相手にしてしまうかも…

いろんなことがあった平成23年

我が国は大震災 
そして世界は果てしない経済恐慌

さあ 新たな年の始りが 
新たな時代の幕開けとなりますよう
辰の年 龍が天上に飛翔して回遊するような
そんなダイナミックな世情となりますよう
心よりお祈り申し上げます
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自分史の彩り
- 2012/02/01(Wed) -
20081201103427


過去の出来事を 美しく楽しい想い出にするのも

辛くて哀しい 苦しみに溢れた出来事にするのも

回想するあなたの心次第 思い次第

通り過ぎてきた道 辿ってきた道程を

どんなものにするのか どんな色に染めるのか…

曲がりくねった細い道 迷い道

欝蒼として険しいけもの道 いばら道

それとも広々と見晴らしのよい平坦な道

小鳥達の囀る声が聞こえてくる

草木や花々に満ち溢れた田園の小径

どんな道にするのも あなた次第


どんな出来事にも 表と裏がある

辛く苦しい悲惨な出来事から学ぶことも多い

でも浮き浮きした幸せ気分から

奈落の底に転がり落ちることもある

過去に印された絵は 様々な心象を描き出す

だから 過去を引きずらないために

過去の傷跡をトラウマにしてしまわぬように

悔恨の渦に飲み込まれてしまわぬように

闇に塗り込めるようなことをしないで

次々に想起して掘り起して 一つ一つ

穏やかな色に 豊かな彩りに染めていって欲しい


あなたは そこを歩いて来た くぐり抜けて来たのだから

過去というカラを脱ぎ捨てて 今日という日を

今を生きているのだから…



「過去を振り返る」 過去というのは実は曖昧なものなのです。
記憶を辿り過去を追想して、「こんな事があった、あんな事があった」と当時の出来事を振り返るのですが、その時の自分の心象や感慨が重なっているので事実はかなり変容を遂げていくのです。

この感慨こそが時代を経るごとに変化していくため、思い出が変わるというより、思い出への解釈、意味づけが変わっていくのです。

自分史は追想の度ごとに、描き換えられ造り替えられていくと言ってよいでしょう。ハタチで回想する過去、三十で追想する過去、四十、五十に至り思い出す過去、そして老境となってしみじみ感慨を込めて辿る過去。

かつて読んだ本を何年かして読み返してみれば、まるで違う読み取りをしている事に気付く筈。映画を観てもしかり。かつて解り得なかったものが解っている。かつて胸震える程に感動した事も色褪せて見えたり、或いはまるで違う所に感動を覚えたりする。自分の心象や意識が変わると同時に、物事はまるで違った色合いになるものです。

時として、歴史は新たに捏造もされる。感慨だけでなく、自分が生きやすくなるために、過去の事象を取り替え組み替え、都合よく辻褄合わせをしていくのです。無作為の作為が働き自分自身にも嘘をついていく。幾度も繰り返す事で捏造も本当の自分史にしてしまうのです。

この歴史創造の能力こそが、明日を導く原動力にもなってくる。より良い嘘はトラウマすら消去していくのです。

自分を愛し高めるための、素晴らしい自伝的虚構を図ってみたらいい。しっかり辻褄を合わせ整合性を持たせて、人格も高めて人生もスケールアップするような『自分史』 の脚色は、是非取組んで欲しいものです。これは決して嘘にはならないものです。生きる極意の裏技編であります。


『自分史は創るもの』 加筆改稿
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