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鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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01/30(Mon)

早起きドリ

20080215101308


目覚めても 頭は凍りついたまま

首を捻ると ギリギリと音がしそうなほどに
暗やんだ厳寒世界に佇んでいた

いつ明けるとも知れない暗黒の日を
幾つ重ねてきただろうか

『早起きドリ』の声を聞いても

心は真夜中のように漆黒の闇のまま
足元を照らす灯りもない

そんな月日を幾つ重ねてきただろうか…

でも

心の中に出来た氷柱(つらら)が溶け始め
滴り落ちる滴(しずく)の音が
ボトッ ポトッと聞こえてきたのは

『あの人』の声を聞いた時から
胸を揺らす声を耳にした時から…

やっと巡り会えた『あの人』

その日から 目覚めの『早起きドリ』の声が
明るく弾むように聞こえるようになった

心も身体も 温かな春の陽射しを浴びたように
生命の息吹きを取り戻すように ゆっくりと溶けだしてきた

トリの声に 「ありがとう」
そして 心から「おはよう」

『あの人』には
一緒に生きていきたい!

そう言ってみたい
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01/28(Sat)

悲しみを越えて 『哀しみの渦』から抜けて…

20080323103429


どんなに哀しくても
立ち止まっている事は出来ない
否応なしに時は明日へと引っ張っていく

「哀しみの渦」に浸って
いつまでも佇んでいる事が出来たら…

うちひしがれて「哀しみの渦」の真中にいる時は
そのことしか見えない 考えられない
まるで時が止まっているかのように思える

心の世界が「哀しみの渦」でいっぱいになって
それがすべてのように感じてしまう

だけど
確実に時は進んでいる

周りの世界は動き
あなたの身体を運んでいる

置き去りにされた心象世界だけが
いつまでも 「哀しみの渦」の中に閉じ込められて…

それでいいのだろうか?
あなたは それで満足だろうか?

抜け殻のような身体だけが
刻む時の流れと共に老いていく
でも心は いつまでもあの時のまま…

それでいいなら
いつまでも『哀しみの渦』に浸っていればいい

だけど
あなたの身体はどんどん
前に進みたがっている

羽根を 翼を背につけて
空を目指して飛びたがっている

さあ

渦から跳び出して 心を走らせて 身体に追いつこう
抜け殻なんかじゃない 芯のある確かな人生を…

自分の人生を創るために……

 
01/27(Fri)

苦境とは

20080109114308


苦しい情況はしばしばやって来る

何をどうやっても まるで上手くいかない
自分が自分らしく見えない
自分らしい思考も行動も取れない
周囲からも疎外されている
愛されないし理解もされないし…

いつの間にか相手にもされなくなっている
こんな時は本当に悲しい
切ない 寂しい 侘しい 辛い
そして苦しくて苦しくてたまらない

運気の狭間でこんな場面に遭遇するのだが
人はみな その原因を
環境のせいにしたり 他者のせいにする
対座する人間の自分に向かう波動を
曲解したり悪意と受け取ってみたり
起きた現象の現実を錯誤して
問題をすり替えてしまう事が多い
運が向こうから飛び込んで来たり
やって来る事は無い
身に起る事の殆どは自分が招いたものであり
他者が動いた事じゃなく無理強いした事でもない

時代情況により悲惨な境涯となった人々もあった
戦時下だったり占領圧政下の政治体制では
否応なしの苦境を現出させる
或いは残酷で非情の親に育てられる場合もあるだろう
或いは先天性の疾患や難治性の疾病に悩む事もある
しかしこんな場合を除けば苦境は皆自分の
内なる領域より来たる問題なのである

苦境となれば なんとか問題を解決して抜け出すためにも
いやでも自分と対峙しなければならなくなる
これこそ天が与える『気付きの時』なのだ
自分の求めるもの 望むもの 生きる喜びの実体
生き甲斐 究極は幸せの実体
そうしたものがはっきりと見えてくる

拒否されたり制限されたりする事で
本当に欲しいもの手に入れたいものが明らかになってくる
それと同時に叶わないもの
決して手に入らないものも見えてくる
自分の限界数値や力量の半径も突き付けられてくる

これまでどう生きて来たか
自らの行動の軌跡を認識するなら
無知も錯誤も慢心も怠惰も
何もかもが曝されるのである
否応なしに自分と向き合い
自己対話が余儀なくされるのである

でもこうした場面で なおも
「苦境は置かれた環境が原因だから」
と言いながら逃げ出す人が多いのが現実
環境を変える事で苦境を回避出来ると思って
転職をしでみたり引越しをしたり
他郷に離脱出奔するのである

しかし自分の心象レベルが混沌としていながら
その答を環境に帰着した人は
なお一層の苦境に追い込まれる事となる
運の成り立ちも含めて
現象の起きて来たる因果律が解けないかぎりは
何度でも苦境に落ちるのが定めだからである

『気付きの時』を持たず 心も創らない情況で
ただ環境を変えただけなのだから
自分自身は何も変っていない
だから同じ現象が起きる可能性が
大きいのは自明の理である

身に起こる事はすべて心の写し絵なのだから
起きた現象から自分を振り返り総括して
明日に向かう新たな自分を創っていくのである
思考と行動の基本軸を再構築してゆくのである

苦境は人生の悩みの入口だが
同時に自己発見の入口となる
自己発見は自らの成長に繋がっていく
だから苦境こそは未来を創るための
『天の恵み』と知るべきである

 
01/26(Thu)

『恋 そして愛』 人とどう向き合う?

20080205100252


信じていたのに…
愛していたのに…
こんなに想っていたのに…
自分を放棄してまで尽くしたのに…

恋を失って そんな想いの中に暮らしているのなら
もう一度 静かな目で確かめてみよう

本当の相手をしっかり見ていたか?
真の相手の姿を知っていたのかどうか?

恋は錯覚でも出来るから

白日夢のように 仮想現実の
幻を見ることも出来るから

だから目を覚まして欲しい

あなたは相手を理解していたのだろうか
相手から理解されていたのだろうか

錯覚から恋は出来ても 理解は出来ないし
理解から認識を深めることも出来ない

次の出会いのために 次の恋 次の愛のために
明日のあなたの人生を創るために
もう一度 考えてみて欲しい

『恋そして愛』 人とどう向き合う?

自分自身と どう向き合う?

 
01/24(Tue)

爽やかに春の香り

20090124102459


寒い大気の中にも もうそこまで来ている春

優しい陽射し 吹く風にも季節の移ろい

頬打つ冷気に 爽やかに仄かな春の香りが漂う

…いつまでも厳しく寒い冬の中に閉じ込められて

哀しみと寂しさに凍えて震えて

縮こまったまま過ごしていくのかと…


そんな思いをするほどに ワタシの冬は

切なく辛く苦しかったのだけれど

心が変わっていくのか

移ろう季(とき)が心を変えるのか

胸の奥深くから 込み上がってくる

春の芽吹き 生命の息吹き


新たな出会いと触れ合いがあるだろう

新たな道が見えてくるだろう

新たな人生の幕が開くだろう

きっときっと光が差し込んでくるから…

そう思える そう信じられる自分がいる

一日一日 立ち直っていく自分がいる…
 
01/21(Sat)

想いの化石

20070105093348


人知れず ひっそりと

葉に囲まれて咲く白い花

健気な姿が 可憐でピュアな心を思い出させる

何処かに置き忘れてきたかも知れない

純粋なものは まだ心に残っているのだろうか

ふと立ち止まって 心の中を覗いた時

胸の底に沈んでいる 乳白色の塊を見つけた

あれは忘れ去っていた 想いの化石

風化しているけれど

まだ生命が宿っているかも知れない

そっと手で拾い上げて 包み込むと

静かに開いてきて

さわやかな香りを思い出させてくれる

 
01/20(Fri)

降り注ぐ陽の中で

20090120094521


心を開いてみよう 拘りを捨てて
まっさらな気持になって 心底素直になってみたら
優しい言葉が話せるようになる
豊かな感情になって
周りの人を受け入れることが出来るようになる

尖った気持で肩を怒らせて 険しい表情をしていたら
口をつくのは厳しい言葉 突き刺すような言葉しかない
張り詰めて 凍り付いた感情しか持てなくなる

キミが近寄りたい人は キミが付き合いたい人は
どんな人なんだろうか?

本当は 人と関わりたい 仲良くしたい
言葉を交わして 心を投げ掛け合って
人生を語り合いたい 思いを分かち合いたい
そうなんだよね きっとそうだよね!

もしキミが 心底人恋しくなったら
自分を見詰め直してみる事だ
自分の姿を鏡に写してみる事だ

今 一体どんな顔をしてるんだろう
今 一体何を考えているんだろう
今 一体どんな思いをしてるんだろう

キミは キミ自身が近寄りたい人だろうか
付き合いたい人だろうか
心の中を 胸の内を覗き込んだら見えてくる
今の自分も 今の思いも考えも…

いい人に出会いたい 素敵な人に巡り合いたい
友達が欲しい 解り合える人が欲しい
きちんと向き合って愛し合える人が欲しい

そう思うのなら そう心底願うのなら
心を開いて 素直になって

キミ自身を陽春の光の中に
溢れかえる香りの中に
解き放って欲しい

 
01/13(Fri)

私は一体誰?

20091210111219


言葉で告げられない想い

何をどう言っても伝わらない 解って貰えない

だから いつしか口を閉ざしてしまう

そんな時 浴びせられる言葉に操られ

いつの間にか 相手の言いなりに自分が作り替えられている

"きっとこうなんだね きっとキミはこんな風に思ってるんだよね!”

自分の想いも感情も何もかも 語りかけられるままに任せていたら

まるで自分じゃない自分が勝手に動きだしている


"何だか違うな?”と感じても

もう取り返しのつかない所に自分が連れ去られている

自分を捕まえることなんか出来なくなっている

抗うことも叶わぬまま 別人格の私が歩いている

いろんな人と対座する度ごとに

その人の当て推量のままに 様々な私が作られていく

応えるのが面倒くさくて 説明するのが難しいから

相手の代理思考に身を委ねて

ただ相槌を打つだけの対話を繰り返す

決して対話なんかじゃないやりとりをしているうちに

自分が一体誰なのか 解らなくなっている


自分の想い 自分の感情

何が好きで何が嫌いか

何を求めて 何を拒むのか

何をしたい 何がしたくない

何処に行きたい 何処が居心地がいい

どう生きたい どうしたい 本当にどうしたいのか?



自己確認 自己表明を苦手とする人が増えています。
あれこれ追求されて返答に困って沈黙する場面となる。
そんな時、自分の代わりに考えてくれたり悩んでくれる
人が居たら闇雲に依存する事になるのです。
理路整然と代弁して貰えるのは有り難い。
"その通り”と相槌を打てばいいのだから…。

でも、果たして正しく代弁しているのかどうか?
あくまでも、その人の推量憶測でしかないものに
同意しているだけなのですから。

自分が自分で在り続ける事を模索しなければならないのです。
そのためには、自分の言葉を持たなくてはならない。
自分の言葉で自分を語っていかなくてはならない。
他者と向き合う前に自分自身と向き合わなくてはならないのです。

先天的な気質性情に加え幼児体験や成育環境
(親や兄弟、教師や友人関係)が原因となっていることが多いのですが
ならば余計に努力して克服しなければならないのです。

又逆に、人と対座する時、相手が寡黙だと
知らない内に誘導尋問になったり、憶測で話を
進めてしまう事もしばしば起こります。
相手の実像から乖離しているのに気付かない。
相手が頷いているので、どんどん話を続けて膨らませていく。
結果は不毛な対話であり、互いに意志疎通を得ぬままに
次第に関係性も悪くなっていくのですが…。

人生を創るのは、まずはじめに
『確かな自分』を作り上げていく事です。

 
01/12(Thu)

幸不幸の分かれ目

20060919103525


幸せになりたい! 幸せを手にしたい!

早く今の不幸から抜け出したい

幸せになるために日々努力して

こんなにも辛い思いをしてるのに・・・

絶対に 幸せになってやる

負けるもんか!


こんな風に 誰しもが「幸せ」を求め
辛い境遇と闘って四苦八苦しているのです。
でも、ただ無闇に幸せを思い描いて求めたとしても
「幸せ」を手に入れる事は難しいのです。

自分の中で幸せも不幸せもきちんと定義づけ
その多寡・強弱・深浅を見極めなければならないのです。

何を以て幸せと言うべきか?
何をして不幸せとするのか?

幸不幸は、自らの心の中にある価値体系の産物であり
極めて抽象的な概念ですが、それを確かな実体感として
捉える事が、人生の吉凶の決め手となるのです。
幸せも不幸せも、今の人生の現実の延長線上に
ある事を忘れてはいけないのです。
どんな境遇に置かれているとしても
自分の実人生が不幸せであると実感してはならない。
幸せから遥か遠い所に居ると思ってはいけないのです。

今の不幸に打ちひしがれて心を閉ざした者に
明日の希望を持つ事は出来ないからです。

「今は苦しいけど、必ず幸せになってみせる」と苦虫を噛み締める。
そんなあなたには明日を創り出していくのは無理な事です。

たとえ苦しむ情況に居るとしても、大事なのは
苦しみは明日を創り出すための試練であり確かな
思考と行動の基本軸を創っていく事の学習体験として理解する。
だからその苦しみすらも楽しんでみる事です。

悲惨な境涯と思われる人が、明るく笑い飛ばして
今の実情を楽しむ風情で語る場面もしばしばある。
こうした境地は、運命の吉凶成敗、幸不幸も生きる
実人生の彩りなんだと笑い合うのです。
自分の心象の意識レベルが確かなものであれば
日常の苦難を正面から受け止めて
感情領域の混乱も食い止める事が出来るのです。

又、お金や仕事の成功や社会的名声といったものは
幸せの裏付けに欠かせないものです。
しかしこれこそが幸せの実体と定義づけしても
達成の暁に心は落ち込むばかりの現実となるのです。
彩りでしかないものを人生の目標にするのは愚かな事と知るべきです。
何かを求めて、苦しみながらも、その達成領域を身近に感じながら
生きる事こそが、本当の幸せの実体、醍醐味というものです。
いつでもどんな境遇でも、幸せの自覚が大事なのです。
明日を創るのは、そんな幸せ感の拡大と達成に向かう意識なのです。

必ず明日はやって来る。明日の幸せがやって来る。
そして明日の絵を描くのは今日のあなたの心なのです。


調布駅南口広場の時計台。
毎時高らかに時を知らせる様々なメロディーを奏でます。

『幸不幸の分かれ目』 復刻
 
01/11(Wed)

レモンティー

20080212094121


あの頃の気持は何処へ行ってしまったのだろう…

酸っぱいレモンさえ 甘酸っぱく感じた
そんな胸のトキメキがあったのに…

レモンティーと同じように

いつの間にか溜り込んだ心の澱は
次第にトキメキを押しやり
苛立たしさと憎しみの感情を呼んでしまった

その味は渋くなって 苦くなって
もう とても飲めないものになってしまった

あの頃 あんなに会いたかったのに…
顔を見るだけで 声を聞くだけで
一日中 喜びに心が輝いていたのに…

あんなにも胸がときめいていたのに…

今は 重苦しい雨雲を虚ろな目で見ているよう
あたかも 出口の見えない迷路を彷徨うよう…

そう あの人はすっかり変ってしまったのだ
でも そう思っている自分の方が
変ってしまったのだろうか…

あの瑞々しい想いをもう一度

そう願っているのは 自分だけだろうか
もし会うことが叶ったら 聞いてみようか

そしたら 何かが変ってくるかもしれないから……

甘くほろ苦いチョコレートケーキに
レモンティーの甘酸っぱい味が口に広がるように…


タペストリー アート
 
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