占術の盲点・占断は的を絞って
- 2011/12/29(Thu) -
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『再三すれば易は乱る』

同じ問題につき、何度も占断を繰り返し求める人がいる。納得できる答が出るまで執拗に問い続けるのである。占いとは『さながら暗闇にて象に触れるが如し』でもあり、触り所で実体が変容する事がある。そのため、ある事柄について、あらゆる角度から検分しようとするのである。

しかし、告げられる占断事象が次々に変わっていくと、最初は象だったものが次第にマンモスになったり恐竜になったり大トカゲやゴリラになってしまうのである。混迷の極地に陥る場面である。

占断は的(まと)を絞る事が大事である。どんな事柄も、考え推理分析する際には、思考の序列があり、整合性を求めつつ推論を重ねていって確かな結論を出すべきものである。

占いは本来、様々な事象の解析のための、統計的概念も含めての推理の術なのである。

占いフリークの人も巷に溢れているが、この人達は自分の悩みを四方八方に問い掛け、占い行脚を繰り返すのである。あっちであぁ言われ、こっちでこう言われ、しまいに訳が解らなくなって、さらなる放浪の旅となるのである。 再三すれば占断は乱れるのである。

いずれも自からの思考の中心座標が欠落しているための哀しいドラマである。物事に対する判断基準をしっかり持つ事から、問い掛けるようにしないと、支離滅裂な思考の連続となってしまうのである。そのため、いたずらに占い巡りに奔走する事になるのである。


生年月日時で運命が決められてしまうのか?

命理が最初にあって、運命が決められていくという解釈は全くの欺瞞である。まずは人ありきである。命式というのは、たとえば品種を表すものであり、その品種の詳細な特性を示すレポートと解釈するのが良い。造物主の創った品種の品質管理ファイルぐらいに思うのが妥当であろう。

四柱推命・西洋占星術・紫薇斗数術・宿曜占星術・大殺界でお馴染みの六星占術などなど。命理学による運命判断は、かなりの精度で解析し得るものではある。とくに過去の事象を分析して命理の構造を後付け解釈するのは、かなりの整合性を持つ。しかし、未来予想を推理してこれから起きる現象を言い当てる事が、果たしてどれだけの的中率となるかについては、実の所大した事はない。

命理で示される予想はあくまで傾向性であり、予言ではない。これこれこうした命理構造ではこんな情況になるだろう。或いはこんな事をしてしまうだろう。といった仮説の論理なのである。運命とは、運ぶ命であり、運び方によって結果は変わるものなのである。したがって命理を知る事から未来への道筋をより良いものに転換する思考のヒントとなればいいのである。
そのヒントを与えて運命を造る手助けをするのが占術家の使命なのだと思うのである。予言性を追求する術家もいるだろうが.たとえば未来の悲惨な人生模様の予言をして、何の意味があるのだろうと思う次第である。


占断および命運審察の本質

対座して人生を語る。運の向かう方向を見詰める。真剣な、生き方を模索する場面である。
占いのベースとして、人物観察の導入部に命理学があり、そこから現実の当該者の人生模様の解析手順として、様々な推理が始まっていくのである。過去の事象を分析して命理の構造を知り、未来暗示を考察する。又、対座する人の姿から相学のアプローチもする事になる。手相顔相、或いは姓名相もある。どんな居住空間に居るのかを知るために家相風水もある。身体の移動から来る運命力学として方位方象学による判断もある。

個別的な事象、今どう動くべきか、何を選択すべきかなど方向付けについては断易や周易等の易占か、タロットカードで卜占する。

占いは総合判断が求められる。命・卜・相の三位一体が要(かなめ)となる。人はどんな人でも複雑な多面体である。探索すれば、凡人といえども奥の深い世界が見えて来るものである。



雑然と述べてしまいましたが、やはり人生というもの、運命というものは一刀両断で括れるものではなく、術家と相談者の中で深い語らいと相互理解とが必要なのではないかと思う次第です。

もうひとつ大事なのは、どう自分の意識を持つかという事です。心をどう創っていくかという事です。人あり、心あり、心ありて動き、現象を起こす。起きた事象から人生が彩られていく。幸不幸も喜怒哀楽も何もかも・・・



康秀述「占断は的を絞って」を復刻改稿

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新しく始まる明日
- 2011/12/27(Tue) -
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オアシスだったあの場所も
泉から湧き上がる 爽やかな風も
安らぎの元だった あの人の胸も

何もかもが蜃気楼だったのだろうか?
今は何も見えない

喉も 心もカラカラに乾いているのに
一滴の水さえない

手を伸ばせば そこに居た「あの人」の姿は
もう何処にも見えない

今まで何を見ていたのだろう

この手に触れていたものは何だったのだろう
すべては幻だったのか…

風に砂埃が舞っている
寂寥が まるで自分を包み込むように
何もかもが 自分から去っていくような…

でも それは
そう想っている自分の心が創り出した
悲愴なイリュージョン

何もかもを失くしたんじゃない
暗闇の中に自分の心を閉じ込めていただけ

朝の陽の光を受けて
次第に意識が覚醒してきて
気付きはじめる

別れは 新たな出会いのための
新しく始まる明日を創るための

通過儀礼なんだと…

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心の目を開けて
- 2011/12/26(Mon) -
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しっかり 目を開けて

見詰めてみよう
見渡してみよう

浮かんでくる思いが
確かな実体を写しているのか?

思考を働かせる主体が心
だから 心の目を開くのは
確かな実体への道標

迷うのは 惑うのは
心の目が閉ざされているから

だから しっかりと目を開けて
自分の周りを見渡して
そしてしっかり見詰めてみよう

何もかもが混沌として
今を掴めないキミ
明日が創れないキミ

先ずは目を開けるところからはじめよう

何も見えて来ないのなら そのままじっとして
何かが目に飛び込んで来るのを待てばいい

閉ざしてしまった心の目が
何かを掴まえるまで ゆっくり構えるのがいい


このフクロウ君
実はタワシで出来ているのです
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人が認める自分
- 2011/12/22(Thu) -
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本当に自信があったら

殊更に自慢することも 自分をひけらかすことも必要ない

何故なら 黙っていてもみんなが認めてくれるから

心に揺るぎのない自信と誇りがあったら

穏やかな笑顔で 謙遜することが出来る

自信がない 気持ちがグラグラ揺らいでいるから

心の何処かに不安やコンプレックスがあるから

人に話して問いかけて 認めて貰おうとする


得意話や自慢話を嫌う人は多い

そんなものを聴かされても 誰も楽しくないから疎まれる

自分を認めて欲しいと願うなら

むしろ人を認めてみたらいい 心から尊重してみたらいい

アナタに本物の実力があるなら 豊かな心情と感性があるなら

いつか必ず アナタを認めてくれる人が出てくるから


いつも優しい笑顔で たおやかに生きていって欲しい

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命理学 運命学雑感
- 2011/12/21(Wed) -
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生年月日時による命理の分析、運命の解析。

今どうあるべきか? どうすべきか? どんな運気レベルにあるかという運勢指南。

これまで専門書に学理を尋ね、深遠な人生哲学、運命哲理を求めて数多くの書物を読んできましたが、その詳細に説く所のものは、果たして現在の時代に適合するものかどうか…
あらゆる場面で、その錯誤情況に直面しています。

古書に真理など無し! そう感じる事、心惑う事しきりです。 無論長い歳月をかけて編纂された書物であり、説く所は重く深いものがあります。しかし時代時代によって社会構造が変化する。その構造変化が価値観を変えていく。善悪正邪も又しかりです。
その変化による社会総体の価値観や世情の変容を捉える事なしに占断に走っても、依頼者の腑に落ちる結論は少ないものだと思われます。

例えば易経の倫理(人の道)を説き正した所で、今の世情では、ことごとく的外れとなる事ばかりでしょう。 大昔の修身の観念など意識下に無く、単なる情報としてさえも入力されてない所で、道を説く筋合いなんか何処にも無い筈です。

温故知新「古きを尋ねて新しきを知る」といいますが、運命書の類は、古きを尋ねて古きに固着するというべきです。 現実の占い相談の場面では、対座する人の抱えている人生の意味とその方向付けが大半のテーマであり、立ち位置や存在領域の把握が問題となってきます。

この数年、数十年の間に世代交代もあり、人の心や悩みの質も変わってきているのです。世間の常識自体も大きく変化している事を痛感いたします。

何を以て吉凶禍福を語るのか?

その時代性を抜きにして処世の道筋を指し示しても、まるで見当外れになる場面が多いのです。
古書を通読して学ぶ時には、今日的な情況に適合する概念かどうかを、充分に吟味する必要があると思います。。

初学の者が、命理推断をして、やれ「色情因縁の生まれ」だとか「剥官の生まれゆえに世間から外れはみ出し、最期は野垂れ死にの命運」などと断定して失笑を買う場面となる訳です。
「色情因縁」とは凄い表現です。性的な欲求衝動がむき出しとなって情交を貪る、それが制御出来ない人を指すようですが…
でも、人は皆、色情の因縁無くしては、この世に生まれ出る事が叶わないのですから、これこそ人の本然の性(さが)というべきで、根拠曖昧な差別用語なのです。
「咸池殺」とか「紅艶殺」とか「己土濁壬の姦淫の命」とか…

書物を読み耽っている間はいいとして、それを実占の場で断定して言い放った時にはシャレにもならない。或いは人権侵害すれすれの話になってしまうのです。

「剥官」とは「官」である「お上」に背く意です。官僚世界や企業社会の中枢機構に適合し得ない命運を表す概念です。かつては中央集権国家であったため、官の星を破る命理を忌み嫌った言い回しなのです。官の星、つまり官職で生きる特権社会は、昨今は公務員制度も見直される所であり、大企業、基幹産業等に於いても倒産があったり、事業不振でリストラもあり、終身雇用も崩壊しつつあるのが実情です。
こんな時代にはむしろ剥官の命の人がかえって運を掴まえるものです。ドロップアウトもあり、世間から外れきったアウトロウが成功して天下を取る時代でもあります。

古書に、人品骨柄富貴貧賎を解いているものが多々あります。
しかし現実に貴格の命理と思われる人がさっぱり振るわなかったり、賎格の命理の人が大きく成果を出していたり、男女各々の貴格賎格として人柄を語る時も、決して命理通りに断定出来ない場面が多いものです。

嫁取りの吉凶など、「煮ても焼いても食えない女命」などという記述もありますが、そうした命の方が実際には賢婦人が沢山居られます。

『占いとは、さながら暗闇にて象に触れるが如し』

鼻をこすり耳を撫で尻尾を握り腹をさすり足を抱き尻尾を握る。全部が象の体であるに違いない。しかし、そのある部分しか感知認識出来ないのです。

占い師は、もっと謙虚になるべきです。そして占いに頼る人も、言われるがまま、占断結果を盲信する事なく、あくまでも自己確認の一助として吟味するべきです。


『占い本の世界・運命学雑感』 改稿

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夜の通路の先に
- 2011/12/20(Tue) -
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ひたすらに待ち続けて 長い夜

押し潰されそうな胸を抱えて ひとり佇んでいる

ついに電話もメールも来なかった

せめて「おやすみ」の一言でいいから

メールが欲しかったのに…


夜の長い通路の先に あの人の影さえ見えない

忙しいから 疲れてるから 用が無ければメールなんか…

そう返す気持も解るけど

向き合うのは 語り合うのは そして愛し合うのは

アナタにとっては用事なんだろうか?


一言でもいいから 連絡が欲しい

そうすれば

あてどなく あの人を求めて探して彷徨うような

辛い夢を見なくて済むから

安らぎの中で 心地よい眠りの底につき

光溢れる朝を迎えられるから…

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一人になれないシンドローム
- 2011/12/19(Mon) -
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思い思われ 愛し愛され

心の底から 喜びで満たされたいけど

そんな相手には巡り合えなかった

だから

冷たくて 厳しくて とことん傷付けられる人だけど

そばに居てくれるのは この人だけ

そう思ったから 離れられない


一人になったら どうしよう どうすればいいのだろう

あの人の肩越しに 世の中も物事も見てきた

あの人の目を言葉を通して何もかもを

自分自身さえも見てきたのだから…


一人になったら 何も解らなくなってしまう

酷いことを言われても たとえ無視されても

あの人がそばに居てくれるだけでいい

人の温もりが欲しいから

一人じゃ頼りなくて 寂しくて哀しくて

決して生きてなんかいけないから…

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独りで歩くのは辛すぎる
- 2011/12/17(Sat) -
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たとえ 離れていても

普段は 言葉を交わさなくても

心が疲れ切ったとき

何かに行き詰まったとき

寂しさ哀しさに襲われたとき

モヤモヤした思いに包まれたとき


そんな気持を そんな想いを そんな心を

しっかり受け止めて 支えてくれる人がいたら

どんなことがあっても また立ち上がり

心に身体に 勇気が甦ってくる

現実の荒波にも逆風にも 敢然と挑んでいける


苦しい辛い思いの中で もがいてもがいて

弱り果て 潰れそうになった心を

支えてくれる人がいたら

再び明日への道を まっすぐに歩いていける

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恋の予感?
- 2011/12/14(Wed) -
20081105104217


交わす思い 交わす言葉 そして交わす視線

ときめいたり ドキマギしたり

でも核心に迫ることはない

愛情告白なんてしない 出来ない

秘めたままの思い それぞれの熱い胸の内を

感じ合い 確かめ合う

互いの存在を大事にしているだけ

ただそれだけの二人

まるで遠い日の淡い青春のよう


先には進まない 進めない

思いの丈を打ち明けてみたいけど

打ち明けた瞬間に瓦解するかもしれない

勝手な思い込みだけなのかもしれないし

それぞれの立場が 踏み越える事を赦さない

きっと 『恋の予感』 だけで終わるのだろう

それだけでいいとは思わないけど

それだけだから お互いを傷付けないで済む


そう ワタシ達は少年少女の恋人同志…

哀しくて切なくて でも心象世界では結ばれている

楽しい夢を見ていこうね…
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呼び掛けに応える日は…
- 2011/12/13(Tue) -
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ドアを叩く音がする 毎日 毎日
「早く出て来なさい!」とでも言うように…

モウ少シ待ッテ欲シイ
マダ行キ先ヲ見ツケテナイカラ
モウ少シダケ待ッテテ欲シイ
コノ闇ノ中二閉ジ籠ッテ
膝ヲ抱エテ蹲ッテイル方ガ
心ガ気持ガ落チ着クカラ

毎日 毎日 ドアを叩いているのは誰だろう?
運命の使者? それとも 飛び出す瞬間を
はい上がる時を待ってくれている誰か?

誰カガ待ッテ居テクレル間二
出テイクノガイイノハ解ッテイル
デモ オ願イダカラ モウ少シ モウ少シ待ッテ
今ハマダ 出テハイケナイ イカレナイ
疲レ切ッタ心ガ 弱り切ッタ体ガ
マダ闇ヲ求メテイルカラ
笑顔デ扉ヲ開ケラレル ソノ日マデ
オ願イ 待ッテテ欲シイ
待ッテイテ 欲シイ……

本当は待っていて欲しいとは思わない
誰かが待っている間は きっと
出ていくことなんかないだろう
急かすように待ち受けて 「勇気づけ 激励」の
『思いやり攻撃』の標的になるなんて

ソレコソガ 心ヲ閉ザスモノ ノ正体
心ノ扉ヲ叩イテ開ケラレルナンテ
ソンナノ マッピラゴメン
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胸の中の日溜り
- 2011/12/12(Mon) -
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あなたの胸の日溜りで
背を預けて 目を瞑っていたら

いつしか背に羽が生えて
空を駆け巡っている夢を
見られるでしょうか…

それとも

フワフワのドレスを身に纏って
あなたと腕を汲んで歩く夢を…

あなたの心の中の日溜りに 蹲っていられたら
いつも優しく穏やかな気持でいられそうだから
いつまでも そのまま じっとしていたい

その胸の中で…

そんな思いも そんな少女趣味な心の本音も
素直に言える自分だったら
もうとっくに幸せ創りが出来てたのに

取り澄ました態度 凜として 知らん顔を決めた
物欲しそうに思われたくなかったから
大人の女と思われたかったから
もし拒まれたら 二度と立ち直れないと思ったから…

何も告げずに終わってしまった恋…

でも 本当の事は解らない

告げて手に入る幸せだったのかどうか?
そんな縁だったのかもしれないから…

言えない自分だったけど
言わせない相手ばかりだったのだから…

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内界宇宙・生命の記憶
- 2011/12/10(Sat) -
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二重螺旋に虹がかかり 光彩を放つ

拡散 収縮を絶えず繰り返し
そして駆け抜けていく

いつか置き忘れてしまった
生命の本来の力 根源的な逞しさ

もしも その起源まで回帰して
甦らせる事が出来たなら

虚ろに窪んだ眼(まなこ)は輝きを取り戻し
病んだ心も疲弊した身体も溢れる精気が漲り
再生のドラマが始まるだろう

私達は何のために この世に来たのだろう
何のために ここまで歩いて来たのだろう
何を捜して 何を求めて…

もう一度 原初的な直感を 動物的な嗅覚を…
精気漲る 逞しい生命力を…

この肉体に取り戻そう 甦らせよう

地球の鼓動を 太古に連鎖する魂の鼓動を
胸いっぱいに 身体いっぱいに感じて…

DNA 二重螺旋の記憶に回帰して
生命の息吹きを取り戻そう

『内界宇宙・生命の記憶』復刻

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残留思念
- 2011/12/09(Fri) -
20070322105219


もうすっかり風化しているはずなのに

心の中で咲き続けているピンクの薔薇

そんなものを保ち続けていたら いけないと

何度も思いながら

それでも やっぱり捨て切れない

それでも なお愛しく思える

『恋の残留思念』


あの人の心のアルバムには

どんな姿で映っているのだろう・・・

それとも もはや

ネガフィルムのように暗転して

影だけの存在になっているのだろうか?

それとも すっかり風化して 飛散して

何もかも無くなっているのかもしれない


たとえ そうだったとしても

この想いが色褪せる事は決してない

たとえ あの人の中で どうなっていようとも・・・

いつまでも仄かに

恋の残り火が燃え続ける


燃え続けることをやめようとしてもがく
もがけばもがくほどに 炎はなお一層熱を増す
心を癒す手立てもないままに胸を焦がして・・・

でも そんな自分に抗うことなく燃やし続けてみたらいい
とことん残留思念に身を任せてみたらいい

それが一番の鎮火法 

燃え尽きるまで燃やし続けてみたらいい
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対話は珈琲と共に
- 2011/12/08(Thu) -
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相談室での対話 様々な人たちの様々な相談

運気の強弱や盛衰 吉凶禍福の質量を

いろんな角度から推理分析する

初めての人は一往に緊張して

本題に入るまでにしばし緊迫の時を過ごす

珈琲はそんな場面に心をほぐしてくれる


運命への解析は命理から紐解いていくが、気の流れや放つ波動から確かめる事が大事である。干支構成や星の配置を表す命式により、運勢の消長を測ったり、気質や行動形態を読む。
しかし、何より大事なのは命式以前にその人の気の流れや放つ波動、端的には醸す雰囲気を捕える事である。そうして外から内に迫り、感情や意識の領域までを確かめていくのである。

その時の対話が重要となる。交わす言葉の中からその人の存在領域を知り、情況を知り、明日の方向づけを知るのである。

「此処は何処?私は誰?」
その疑問に答えて貰うために占い師を尋ねる人がいる。

「あなたの命式は・・・だから」 「気質は・・・」「運の強さは・・・」

人生に於ける運の良し悪し、吉凶禍福を占いで確かめるのは、自分を知る手掛かりとしての一助には違いない。運気の流れによって、今動くのか?止めるべきか?時を待つべきか?といった行動指針を立てるのもいい。

だが占いの世界は、その解析手順も千差万別であり又占術家の技術レベルもまちまち。究極は思想性や価値観によって、出す答もバラバラなのである。結論が唯一無二の正統性を持つと信じるのは危険なのである。
相談者自身の置かれた情況、その立ち位置の把握もさることながら、その人固有の思考実体、人生感や世界観、価値意識といったものが重要なのである。加えて気力、体力によっても運気の力に差異がある。運命指南も行動指針も又それぞれに違う筈である。

まずは自分ありきである。自分の希望や目的を自己確認する事である。方向づけの指針として答を求め、納得いくまで食い下がる事である。未来へ向かう時空を、予言として答を求めるのはもっとも危険である。

占いを求める人、その求めに答える人、共に深く人生の意味と方向を定めるために、精一杯語り合う事である。

そんな場面に心をほぐす珈琲を・・・

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