わたしは誰?

20080531105611


いつの間にか 自分で自分を見つける事が
出来なくなってしまった

『わたしって誰?』 何を考え 何を求め
何処に行こうとしてるんだろう?

自分が解らない 自分が見えない
何だか その時その時の立ち位置が
それらしく見えるように それらしく認知されるよう
知らない内に醸成された人物像を作っている

それは自分なんかじゃない
自分とは違う自分を演じているだけなんだ…

でも でも一体
『私って何? 私って誰?』


真の自画像を自覚して、しかも対外的にもそのままに表現して生きる事がどれだけ難しいか。いつでも自らの存在理由は、取り巻く他者の承認に委ねられている。認知されなかったり拒否されたり、承認の対象から外されたり無視される場面で、胸が痛み心が傷んでいく。

誰しもが抱く、人との関係への恐怖観念が、自分から、自分らしさから乖離した自己発現を誘発して、別人格を創ってしまうのである。

嫌われる事は辛いけど耐えることは出来るかもしれない。嫌われる現実は、ともあれ認知はされたのであり、仕向けた自我は辛うじて無視はされなかったのだから… 何より怖いのは無視される、黙殺される事である。それは自らの存在基盤の全否定になるからだ。そこに居るのに、居ないという現実を突き付けられるからである。

知らず人は、承認を求めて本来の自画像を歪めながら他者と向き合っていくのである。本来の姿を理解されたいが、先ずは認知され受け入れて欲しい。そんな葛藤の先には、捏造された自己が晒されていく事になる。

幼児期に、ありのままの自我の発現が周囲から拒否弾圧を受けた人は、とりわけ屈折した心象を持っており、心とは裏腹の感情を見せては自他共に混乱の渦を作ってしまう。天真爛漫で無邪気な振る舞いを、ワガママとなじられた者は多い筈である。親や取り巻く大人達の理不尽な叱責に屈服させられた人の『自我封印』のドラマである。

こんな人の場合は、喜怒哀楽といった原初的な感情のサインが示せずに、まるで異なった表現となって、理解はおろか大きな誤解を生んだり、唖然とさせる場面を醸成するのである。哀しい原体験がある…。感情を努めて封じ込めないと家族と一緒に居られない時代があったのである。正直になれない、素直になれない、人の顔色、人の目ばかりを気にする。上手く演じた。承認を取り付けた。でも解って貰えた事には決してならない。

だから「本当の自分はそんなんじゃない!」という事になる。

本来の自分と演じる自分の差異を自覚していればまだしも、何なんだかさっぱり解らない『あたしって何者?』という自己喪失者が山程いるように思われる。自分らしさが解らない。自分が本当に求めるものも解らない。苦悩しながらも、いつまでも葛藤状態から抜け出せない人々。

これは自己対話の欠落と他者依存の心が根底にあるのが原因である。自らの存在基盤を否応なしに決定する他者の目を意識の中心にする事で、どんどん自分と乖離した疑似人格を作り出す事が原因なのである。究極、他者の承認なくして、人は生きる場所を得る事が出来ない。これは真実であるが、それでも内在する自分自身の価値観や思想性や行動理念といったものを、いかに表現し、どう受容させるかで他者との関係実態が変わっていくのかを、考えてみるべきである。

愛されたいから、愛されるよう振る舞う。だが現実は本当の自我とは違う感情を見せているため、相手の対応に不協和音を感じはじめる。して欲しい事とされる事の落差に途方に暮れるばかり。恋愛問題の「イロハのイ」に互いのコミュニケーションギャップがある。可愛い女を演じつつも、決して可愛くもない本音があったり不満因子を抱えていたり、実は思い切り議論だってしたいのに、もし正論をぶつけて嫌われてしまうんだったら辛いから…そんな情況で物分かりのいいブリッ子をやり続けて、揚句は自滅パターンなんて事がよくある。

『自分らしさ』を感知するためには、本当の自分は「これが好き、あれが嫌い、こうなりたい、あぁなりたくない」といった段階から、次々に価値意識の本流を作り、思想性を持つ事である。人生の選択肢の骨格を持つ事である。人間関係はいつも相互の交流によって影響し合うものである。相手の目の中に映し出される自分は、自分の投げ掛ける言葉や態度や波動によるのであって、相手の思惑で勝手に作られるものでは決してない。

自分を創り、表現してみよう。試行錯誤しながら自分らしさが次第に出来ていくものである。さらに、表現しないものは絶対に理解されない事も知っておくべきである。理解されたいと思うのなら、されるよう自分から告げる事である。理解されるまで告げる努力をするのである。
人生を創る事は、自分を創る事に他ならない。お互い頑張りましょう。

長文読了お疲れ様です。有り難うございました。

『本当の自分』復刻加筆改稿
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あなたはあなた キミはキミ

20080626131224


どうしてなのか いつの間にか
他者から与えられたイメージに
囚われ 縛り付けられて
自分らしさを失ってはいないだろうか?

人は本来 多面体なのだから…
計り知れないほどに複雑な多面体なのだから
一面だけ ある部分だけを観て判断されるのは
迷惑で我慢ならないことなのに

他者の勝手な推量 評価付けやレッテルに
縛られ 囚われていないだろうか?

こんな風に感じられているから
あんな風に思われているだろうから

周りの評価裁定 他人の決め付けた存在理由に
頷き応えて 無理矢理それらしく振る舞い演じていたら

すっかり身も心も疲弊して
内側から スカスカになってゆき
終いには自分自身を無くしてしまうだろう

他者が被せたペルソナ(仮面)に操られ
虚構世界の回り舞台で不条理を演じ続けることになる

あなたはあなた キミはキミなのだから
人の目なんか気にしないで 人の言葉に耳を貸さないで
心の声に耳を傾け 心の目で自分を見詰めて
自分の道標に従って 歩いて行けばいい 生きていけばいい

心の中に確かな座標を持とう
自分の核を創って 守っていこう

自分らしく 自分しか出来ない創れない人生を生きるために
他者に振り回されないために…

いつだって 何処でだって
あなたの キミの人生の主役は
あなた自身 キミ自身だから
舞台の上で 堂々と自分を演じよう 謳歌しよう

自らの個性を 思う存分出していこう
被せられた仮面は外して

そして心の底から晴れやかな笑みを湛えて…

『アナタはアナタキミはキミ』復刻改稿

追想 過去の軌跡

20080510094012


過去を振り返るとき
どう見詰め どう捉えるかは人それぞれ

過去にこだわる人 過去の思いに縛られる人
まるで澱のような残留思念を持ち続ける人

過去に囚われ 過去の自分を今に投影させて
まだ抜け出さずに まだ抜けきれずにいる人

明日を想うこと 未来に想いを馳せること
それが出来ずに いつまでも いつまでも
過ぎ去った時空に佇んでいる

通り過ぎて来た道程
それはすべて心の中で反芻する世界

いかに悲惨で過酷なものであれ
隅々まで克明に確かめることの出来る世界
そこに怖いものは何一つない 知らないことは何もない

だから過去に固着して いまだ抜け出さずにいる人
過去の心や想念を礎(いしずえ)にする人
反対に そんな過去をきちんと見詰め
総括して精算して 振り分け振り捨てて
新たな自分を創っていこうとする人もある

20080510094011


過去の自分と 過去の想いと
今の自分と 今の想いと
明日創っていく自分 明日に向かう想い…

それでも 記憶こそが人生だから
記憶の中にある自分 その自分史が我が人生だから…

過去を 過去の軌跡を思いとどめて
そこから創り出していく明日の自分
振り返る自分史 きのうときょう そしてあした

様々な時空の流れ 旋回を楽しみながら
明日へと繋がる過去を見つけながら…

未来に繋がる 未来の時空に羽ばたく自分史を刻む
自らの成長とともに 過去の自分の意味付けも変容する
そんな意味付けの中から明日の自分創りが始まる


遠い昔の花の香を…
飾り花の原風景を…

懐かしい花瓶の醸す懐かしい風情を
皆様にもお裾分けします

『追想・過去の軌跡』復刻改稿

心の方位磁石

20070726100411


あっちへウロウロ こっちへウロウロ
まるで徘徊するように彷徨い続けてる
ただ闇雲に歩き回っているだけのキミ

少し立ち止まって かんがえてみよう
心の軸の中心に座り直して
じっくり考え直してみたらいい

気持ちを落ち着かせて 波立つ心を鎮めて
さあ これから何処に向かっていけばいいのか・・・

あらゆる角度から きちんとした視座から
眺めて 見詰めて 見定めて・・・ 

20070726100410


何処に行ったら 自分を生かす大地
『豊穣の地』 があるのか

目を向ける方向 歩き出す方角によって
幸せの住む地も 不幸の種しかない
不毛の地もあるのだから・・・

焦らなくていい 慌てなくていい
だけど怠けないで 心の目を見開いて
自分を取り巻く四方八方を
くまなく見渡してみよう

自分の 行きたい所
行ってはいけない所
行かなくてはいけない所・・・

いろんな世界が見えてくる
揺らがない 心の座標軸を創ってみることだ

それがキミの確かな 方位磁石となるのだから・・・

思考に根を持つ

20070817102932



ふわりフワリと飛んでいる綿毛のように
その時 その場を飛び交う様々な情報

人の話 ただの噂 成り行き任せの思い付きの言葉を
知らず借りて取り込んでいる
それを自分の考えと勘違いしてないだろうか?

街で拾った話 テレビやネットの情報
友人の受け売り本から拝借した名言の数々
ただ闇雲に詰め込んで 手当たり次第に手に入れた知識情報

そんなものを いくら頭に詰め込んでも
その知識量を誇示して自己満足をしても
それはただの一過性の思い込み

ふわりフワリと飛んで行く綿毛のよう
膨らんでは消えるシャボン玉のよう

大事なのは『根のある思考』

自分の心 自分の体の芯から生まれ育んだ
やがて体を貫き通す『柱』となる思考

それらは 自らの価値観 知恵 感性に
経験則の付加した想念世界

さらに思考概念といったもの全てを内包して
凝縮し 練磨し 熟成させたもの

しっかりと大地に根を張った
大樹のような思考を身につけよう

それは決して借り物じゃない 自分の考えを持つ事
行動もして 確認する意識も澄して観察する
そして直感を磨く事

岐路の善し悪しを見極め
たとえ失敗しても たとえ道を間違えても
挫けず再び立ち上がる 怯む事なく試行錯誤を繰り返す

どんな道もしっかり歩いて行く
大地を踏み締めて生きて行く
そんな逞しさを身につけていこう

心に根を張る 思考に根を持つ

確かな明日への座標となる筈だから…

おやすみ猫

20070509093445


ゆったりと ほのぼのと ゴロニャンとリラックス

あーぁ 眠たいニャー

そんな風に疲れた時には アタシをそばにおいてね

頭が重い時 それはきっと目の使い過ぎ

アタシを瞼の上に乗せると気持ちがいいよ

『アイピローキャット』って言うんだよ

程よい重さが瞼の指圧みたいになるんだよ

実用的な猫なんだからね

ヨロピクニャー・・・ムニャムニャ

初夏に華やぐ

20060607125424


華やぎ 歓ぶ花達の声が聞こえる

夏を先取りして 羽ばたく花達

梅雨もやって来るけど 心は夏模様

陽の光に彩られて 華やぐ花世界

健やかに 伸びやかに

雨の合間に 初夏を楽しむ

心に 写るのは すっかり夏景色

花達がくれる 季節の彩り

生命の 息吹き 伸びゆく生命の躍動

ありがとう

元気をくれて ありがとう

カンバネラ・花の気

20070531092832


花それぞれの持つ表情が

見ている者の心の中に入ってくる

その時 その時の 花との出会い

花達のくれる「気」が私達の日常を彩っている

20070531092831


そして まるでこちらの心を投影するように

哀しい思いの時には 一緒に泣いてくれたり

怒りの気持ちには 奮い立つ気配を醸したり

楽しい時 弾む気分には 花も踊っているように見える


短い生命を 精一杯の生気を放ち

癒してくれたり 慰めてくれたり

励ましや勇気づけをしてくれる


そんな花達に 感謝

雨に喜ぶ




鬱陶しい雨模様

あたり一面が どんよりとくすんでいました

深く傘をさし 前屈みに歩いていたら

まるで大輪の花のように

空いっぱいに精気を放つ

逞しく成長したキャベツ達に出会いました




晴れても曇っても 雨が降っても

天の恵みに素直に答える自然界の生に触れ

溌剌とした姿に たくさんの元気を貰いました

何だか雨も楽しくなって 足取りも軽くなりました

どんな時にも 心が元気でいたら 人生は充実!

空気の浄化

20070703091830


月の始めは 榊を活ける

『日々の暮らしに神との語らい』

何も特別に 神棚を設える事もない

ただ 居間や玄関や 生活空間に活けるだけ

それだけで 心に知らず溜まりこむ邪気や

錯雑とした想念をたちどころに祓ってくれる

20070703091829


大気のエネルギーを幹に葉に蓄え

静かに 厳かに 神気を放射する

悠久の時空を経て宇宙の気を神の御霊を降ろす木


試されてはいかがでしょう

空気の浄化 想念の濾過


神の木 木の神 『榊』

怖い言霊

20080609103619


心の呟きは いつも
憎しみと嫉妬の言葉だけだった

あの人が嫌い この人が嫌い
羨ましい 妬ましい あん畜生 こん畜生

…本当は自分が幸せになりたいのに
楽しく心弾んで生きていきたいのに
ときめいたり 胸が熱くなるような
愛し愛され 想いを心を通わす出会いもしたかったのに

何も いいことなんて無かった
いつだって悲しいこと辛いこと苦しいことばかり
いいことなんか一つも無かったから…

何かの罰(ばち)が当たったから
生まれてしまったみたいに…
人から馬鹿にされ けなされ 非難され
まるで忌まわしいものを見てしまったみたいな顔をされ…

そんなことの連続の人生だったから
だから そんな心の呟きしか出来なかった

まるで金太郎飴みたいに 切っても切っても
同じものが次から次へと湧き上がって来ていた
怖い言霊 忌まわしい言葉がループになって
頭の中をグルグル回り 胸が塞がり 心が暗やみ
抜け出ることが出来ない「心の迷路」を彷徨っていた

『ありがとう』 『感謝』なんて
そんな言葉は「心の辞書」にはなかった


でも
「有り難うございます」
気持のこもった その言葉を貰ったのは
混んだ電車で席を譲った人からだった

譲ったのも奇異なことだけど
御礼の言葉を貰うのも 今までになかったこと
老婦人の佇いは 凛として そして笑顔が何処までも優しい

少し胸が熱くなる 瞼が潤む
この言葉にむしろ助けられた
ワタシの思いは『感謝』そして『有り難う』

なんて心地よい音色を持った言葉なんだろう
その時からワタシの「心の辞書」の
一番最初に加えられた 『有り難う』と『感謝』

そして削除されたのが
妬む(ねたむ そねむ) 羨む(うらやむ) 恨む 怨む 憾む(うらむ)…

語尾に『む』のつく言葉
蔑む(さげすむ)儚む(はかなむ)澱む(よどむ)…

いつか誰かに言われたことがある
「キミは本当にむごいほど『む行の人』だね」

言葉が操る人生の吉凶禍福
怖い言霊や否定言語は心を屈折させ歪ませ捩じ曲げていく

もう決して怖い言霊の奴隷にはならない
人への感謝の言葉を思えるようになって
はじめて 少しだけ冷えきっていた心が温かくなった

不幸にサヨナラするために ワタシは今

心の辞書の書き換えをしていくことに喜びを感じている

プロフィール

鎌田康秀

  • Author:鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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