
時代の変化に伴う必然だろうけど
自らの立ち位置を失ってしまって
泣いて泣いて 泣き濡れて
涙涸れるまで 悲しみに打ちひしがれて
でも 泣きながら思うことが時折チグハグになって
慟哭の激情は長くは続かず 間歇的になる
何もかもが解らなくなって
自分が一体何者なのか知れなくなって
誰かに聞いて 聞いて問い正している
あの人からこう言われ この人にああ言われ
その人からはどう言われるのかと…
ただ答が欲しくて 本当の答が欲しくて彷徨い歩いている
でも納得できる答が無くて
自分の欲しい言葉をひたすら捜し求めている
いつしか無理やり聞き出そうとして詰問になったり
誉めて貰いたくて自分を偽り飾って語りかけもした
過酷な現状を明かされるのが痛くて辛くて
自分の実像を捕まえられるのが怖くて
その場その場を取り繕っている
慰めも欲しい 勇気づけも欲しい
何より賞讃が欲しいから…
あぁ それでも私の苦境が祓われる訳じゃない
ほんのかすかな隙間を見付けようとして もがいているけれど
誰も正解をくれない 私の望む正解をくれはしない
私の心は もうすっかりドリフトして
行くあてもない暗夜行路を歩いているのだろう
… … … … … … … … … … … …
実は心を病んでいるのですが本人にそんな自覚はないのでしょう。
ともあれ自分一人で物を考えられなくなった。
そして、あっちへこっちへと渡り歩いていく事になる。
そんな占いフリークの人の話です。
本来なら、きちんと心のケアを考えて専門医を訪ねる
情況なのですが、危うい境界を占い師との
語らいでギリギリ保っているのです。
無論いつかは終わる時が来る。
否応なしに人生の決着を強いられる時がやって来て、
占いですり替えるどころじゃない現実に見舞われるのです。
私達占い師は、クライアントの質問には、
いつでも誠意を持って応えるのが基本です。
慰めも労りも勇気づけも惜しみなく与えるのが使命です。
でも、あっちこっちと渡り歩く人には、
様々な情報が混雑していて思考も一貫した脈絡が無くて、
結局何の助けにもならないのです。
運は決して向こうからやって来る事はない。
きちんと自分を掴まえて、明日を模索しなくてはならないのです。
思考と行動の基本軸を創りながら、今後の運気の質量を測り
可否や成否を問いかける姿勢が大事です。
相談する占い師も行き当たりばったりじゃなく
信頼の置ける深い話が出来る人を特定するべきです。
占いフリークの人は、結局その場かぎりの事として、
占者から、お座なりな話しかされなくなって、
ますます混迷の淵へと向かっていくのです。
よく考えてみて下さい。