生きる事を考えるのと 生きる事は同じじゃない

20071122102046


人生は記憶の中にある
記憶はさらに新たな思考を生む
その思考が新たな行動原理を生む

でも

思い考えただけじゃ
脳は経験として蓄積する事はない
行動や実践が伴わない思考を
記憶に止める事を脳はしない

ただ考えただけじゃ記憶とはならないのだ
記憶に留め置かないものは
単なる思いつきのようなもの
何処までも不確かな観念でしかない

実体のある新たな思考の助けにはならない
『脳内体験』にするには
必ず考えたものの実践行動をする事

「生きた分だけ解り 解った分だけ生きる」

これが人生の真実だが
行為し実践しないものは生きた事にならないし
解った事にもならない

「生きる事を考えるのと 生きる事は同じじゃない」

人生は生きていく中でしか学べないし
『運命の輪』という現実のドラマから乖離した所には
未来もなく過去もない 無論現在すらない

人との関係もその関係の生の場面からしか学べない
失敗するのも成功するのも 全て人生の意味は
生きる現場を離れては成立しない

さあ 生きてみよう 実践してみよう

実存意識の瞑想も必要だが
終極観念主義のただの迷走にならないために
生きて活きて動いて確かな答を出してみよう

行動する事で 思索領域も感情領域も
さらに視覚触覚やありとあらゆる感覚が
培われ鍛えられていく
五感が稼動して その後第六感へと繋がっていく

生きて考えて 次々に
素晴らしい人生の記憶を創り出していこう

立ち止まらないで! 怖がらないで!

私達は生きて活きるために生まれて来たのだのだから……


『思考と実践は車の両輪』改稿

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川面にたたずむ

20081107102022


川面に落ちた紅葉が ゆらゆらと動き

舞い落ちる落葉が重なり 集まり 離れ 輪をつくり

さながら人間模様のように彷徨い漂い続けている

枯れた心に 川の水が染み込んでくる

目の中で揺れる紅葉が風に吹かれて舞い 翔びかっている

まるで人をからかうように遊んでいる


季節は秋枯れから 厳しい冬に向かい

そして うららかな春へと巡るけれど

心の巡りは いつになったら春を迎えるのだろう

一つの言葉が 一枚の絵が あるいは一つの映画が

春へと誘(いざな)ってくれるかもしれない

季節の扉を 心の扉を開けてくれるかもしれない

一人の人の出会いが

胸に陽射しを呼び込むかもしれない

その日のために 歩き続ける

素直な 柔らかな気持で

きっかけを受け入れるために…

視座と認識

20080112101735


何気ない日常の場面場面で、人はどんな視点で他者の事や物事、現象について認識しているのだろう?

おそらくその殆どが先入観や自分の勝手な物差しで計っているに違いない。

人は自分の都合で相手を見る。気に入った人、好感を持つ人に対しては、その言動も良く思えるだろう。だがもし気に障る人ならすべて気に食わないものである。相手を好きか嫌いによって物事が良くも悪くも思えるようになる。たとえ真実を告げたとしても、その時の情況や対峙する人対人の関係実体によって真実も不実に変ってしまう。

人はいつでも、こうした好悪の観念や思い込みのレベルで取り巻く外界世界の物事を計り定めているのである。
どんなに正しい事でも、どんなに高遠で崇高な思想や理念でも、この人間の吐いた言葉なら絶対承服出来ない、同意したくない。もし別の人間から投げ掛けられたら、すぐにも賛同するのに…

こんな場面が至る所で起っている。公平で確かな視座を持つのは難しい、さらに心を定めて視点を保つのは至難のわざである。つとめて意識して、事の正否や善悪是非を見詰めていく必要がある。

当て推量や先入観、まして好き嫌いの観念で物事を計れば、あらゆるものが歪んで見える。そんな意識で決めつける所からは本質も真実も決して見えてこない。

果たして自分の想念に曇りはないか? 感情領域に屈折や混乱或いは激発はないか? 認識プロセスに偏見や拘泥が生じていないかどうか?

物事の確かな認識から自覚が始まり、そこから行動を決定づける意識が生まれてくる。だが、この時認識過程に一体どんなスケール(物差し)が使われるのかが問題になってくる。この物差しこそが学習成果であり教育的所産であり、大きな意味では思想体系の根幹(理念型)の所産である。無意識無作為に知らない所で操られる観念がある事を知るべきである。

いつでも何となく物事を判断している自分の物差しを確かめ顧みる事である。「何となく思う」その心が何処から来るのか? どんな思考の流れになっているのか?

これは或いは『不確かな目』なのかも知れない? そう思う所から、少しづつ確かな認識が始まってくるのである。 絶えず自分の意識や観念という想念世界の方向性を模索する人は、人生の選択を大きく踏み外したり錯誤したりする事がないものである。

公平な目、確かな目が大事なのは言うまでもない。でも嫌いな人間をあえて好きになる必要はない。問題は.ただ嫌いだからといって全否定をするのは愚行となる事を知るべきという事なのである。

自分の心のあり様を知る事は、明日の自分創りの糧となる。人生のあらゆる場面で身に起こる事はいつでも自分の心の写し絵なのだから… 絶えず心を見詰め創り錬磨していかなければならない。捕らえどころも無く変幻を繰り返す『心』だが、その心が人生を創り出していくのである。
狂いのないできるだけ正確なスケールを作るには深い学習と経験則が必要となる。

『思考と行動の基本軸』は日々の弛まぬ研鑽によってしか得られない。

『確かな目 不確かな目』復刻転載

温かい光

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お帰りなさい お疲れ様
いらっしゃい さあどうぞ

人を迎える光は
ほんのり温かくて優しいのがいい
ホッとする事が大切 心が和む事が大切

いつもそんな気持で人と対座するのがいい
思わずニッコリ 微笑みが生まれるような

そんな門灯のような心がいいね
そんな光を心に灯す優しい気持でいよう

さりげなく 何処までもさりげなく
よくよく見ないと
その存在すら不確かな明かり

そんな仄かな温もりの光がいいね


相談室入口に 密かに灯る明かり

秋の実り・収穫祭in調布






買い物途中の道すがら

鐘と太鼓に踊る笛の音が聞こえて

誘い込まれるように入ったのは「秋の農業祭り会場」

五穀豊饒を祝うような見事な野菜の宝船

天候不順の凶作年だったのに

丹精こめて育てられた立派な野菜達

ほのぼのとのどかな日差しの中

農家の人達の苦境をよそに

まどろみの時が流れていきました


本当に感謝感謝

夕餉は鉄板焼きで玉ねぎに椎茸にキャベツ人参

心こめて野菜を噛みしめました



餅つきでつき立てのからみ餅ときなこ餅 そしてみたらし団子

のどかな日曜日でした

調布市役所前広場

写し身

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ふと振り返った道の先に
煌々と放射する陽光の中に
佇む人影を見た

懐かしさと 驚きと
胸に込み上げてきた想いを抱えて
近づこうと走り出した時

その姿は淡く まるで陽炎(かげろう)のように
ゆらゆらと宙空を舞いながら消えていった

「待って! そこに居て!この足が届くまで」

込み上がる胸の想いを必死に叫んでも
明るい陽射しの中には もう誰もいない

あれは 想いが生み出した
幻(イリュージョン)だったのか

でも姿は消えても 胸に込み上げた
熱い想いが今も溢れている

この先も 一瞬見た姿を決して忘れないだろう

心に刻み 胸に焼き付いた姿は
いつまでも いつまでも
陽の中で輝き続けるだろうから

あの人影は あの姿は…

それは紛れも無い 自分の写し身だから……

リセット

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いつの間にか心に溜まり込んだ澱(おり)が
胸の中に滞留している
制御不能の感情が渦になって旋回している

何もかもがチグハグになっている

大事な人 愛する人 かけがえのない人に
突然堰を切ったように 残酷な言葉をぶつける

したくもない事に衝動的に手を出してみたり
欲しくもないものを毟り取ったり
闇雲に漁るように求めてみたり

楽しくもない嬉しくもないのに 満面の笑み
切なくもない悲しくもないのに 零れ出す涙

自分が自分じゃない 自分の心が自分に乗ってない
勝手に動く体 勝手に口を衝く言葉

此処は何処 私は一体誰?

こんな時には 自分に対してリセットする事

次々に取り込んでしまった
パーソナルデザインが原因だから…

最初は類型的なパターンの模倣だったのに
真似ているうちに次第になりきって
自分が無くなっているのだから

次々に思い付く 借り物の人格に委ねて
演じ続けた結果 複合人格を保つ事が
出来ない情況となっているのだから

全てを放棄するつもりになって
本来の自分が出る事を待つのがいい
自分創りは 自分らしさから始める事

借り物の人格は
偽物の人生しか手に入らないのだから……

失って解ること

20071204133909


ただ平凡に緩やかに淡々と 流れ行く時の中
安穏な日々 今日と明日との境も無いような
変化に乏しい情況に すっかり
退屈して ウンザリ顔になっていた

それがある時 突然に足元が割れ
地の底へと吸い込まれるような場面となって…

失ってみて あの時あの日々が
実はとても幸せに溢れた時空だったと 振り返る
その直中に居る時には 決して気付かない

温かな陽射しの恵み そよぐ風の爽やかさ
四季を彩る自然の美しさ

そして周りに居る人達の温もりに満ちた波動も
健やか過ごせる快適な環境も
溌剌と元気でいられた健康な身体も

そんなさりげない平和と幸せを
創っているものの 何もかも…

失って解ること
あの日あの時こそが 幸せだったのだと
恵まれていたのだと
身に染みて感じはじめる

今キミが そんな穏やかな幸せの流れに居るのなら
大事にして欲しい 今を大切にして欲しい

あの時は あの頃は 本当に幸せだった…
何もかもが恵まれていたのだと…

そんな風に悔恨の心でしみじみ思うような
辛さ苦さを味わうことが無いように

人生の流れの中で 幸せも不幸せも
入れ代わり立ち代わり訪れるのだから

幸せの時を漫然と過ごさないで
至福の時間を大事にしていこう

『幸不幸を知る』リメイク

傷と包帯

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どんな人にも心に傷がある 傷を持たない人はない

その傷を癒し治すのは 究極は自分でしかない
でも その傷を理解されるのとされないのでは大違い

痛くて辛くて我慢出来ない時でも
傷を見つけて貰い その痛みを解って貰えた瞬間に
心が癒され たちまち傷が治っていくのを実感する

「いつでも心の包帯を持つ」それが愛

自分の傷も思い切って晒してみたらいい
誰かが そっと手を当ててくれるかもしれない
そっと包帯を巻いてくれるかもしれない

怖がらずに 自分の背負う苦悩を告げてみたらいい

愛されるために 自らの傷を見せる勇気を持つ事
そして もし人の傷を見つけたら
そっと包帯を巻いてあげよう


生きる事は幸せを求める事 喜びを求める事
今以上に自分を高め 人生を高めていく事

でも 皆一応に生きるのが下手だから
転んで倒れて傷だらけ
人生の達人にはすぐにはなれない

だから傷の癒しが無ければ
心が痛んで荒んで明日を創れない

だから

心の包帯はぬくもりの愛 忘れないようにね

上を向いて 顔を上げて

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どうして俯いているんだ?

ちょっと悲しそうな顔をして
下の方を見詰めてばかり…

何か落ちているのかな?

いつの間にか無くしてしまった
幸せを探しているのかな?

ボクがキミに何か嫌な事でもしたのかな?
キミの幸不幸はいつだってボク次第だから…

キミがそんな顔をしていると
ボクまで哀しくなってくるよ

さあ 元気を出してボクの瞳を見てくれよ!
それとも もうボクの顔を
見るのも嫌になったのだろうか

ほら頭を撫でてあげるから
大好きなおやつもあげるから

そう
そうやって顔を上げて
よし よし…

探し物は何? それはボクの愛 ボクの思いやり?

そうだね 思いやりのこもった「おやつ」の
ビーフジャーキー!

心に咲く花

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20071208100843


あなたの心の奥底に
どんな花が咲いているのだろう?

遠い日の まだ幼い頃に
住んでいた家の庭の片隅に咲いていた花…
両親に手を引かれて歩いたお花畑…
ふと迷い込んだ露地に咲く鉢植の花…

名前も知らない いつの事かも解らないだろうけど…

そして誕生日に貰った薔薇の花束
愛する人からそっと差し出された一輪の花

瞼を閉じて 思い出してみよう

いつまでも忘れずに 心を潤してくれる花が
あなたの胸の中で 幾つ咲いているだろうか…

寂しくなったら 切なくなったら
哀しくて悲しくて 堪らなくなったら
独りぼっちの辛さに 胸が締め付けられたら

そっと思い出してみよう
あの時に返ってもう一度
その時の花達に目を向けて欲しい

きっと心が豊かになるだろう
きっと胸の奥底からの元気を貰えるだろうから…

フォルダ保存・上書き保存

20071114114449


男は 過去の想い出を
いつまでも胸に抱き続け

女は 風化した想い出なんかより
今を 明日を見詰める

男の恋は フォルダ保存
女の恋は 上書き保存

あの日 右と左に別れた男と女
鮮明な映像 確かな記憶を胸に

男は歩き続け
次の恋が訪れても
過去を消す事が出来ない
決して忘れ去る事はない

一歩一歩
忘れるための時を重ねていく女は
たとえ一時 傷ついても
新たな恋に目覚めれば
薔薇色の頬を取り戻す

男と女は 前を向いて歩き続けていても
その根底の心模様は全く違ったものになっていく

ハッピーバースデー






時の流れが加速度的になって
追い立てるように迫り来る
過ぎ行く時を心に刻むことも叶わず
振り返る春秋の軌跡も混沌としてとりとめもない

あっという間に一年が経ち この日を迎える
また一つ年輪を加える 幾重にも刻み込んだ筋は
我が人生を投影してか不確かな連なり
薄かったり途切れ途切れだったり…

果たして誕生日はハッピーなのだろうか?
それでも無事にたどり着いたこの日は
やはりものすごくハッピーなのだろう

家族の祝宴は勿論のこと
決して忘れずに届くバースデーカード
電話も貰って祝いのメッセージに包まれる
そして花を携えてのお客様

何はともあれ嬉しいかぎり

康秀バースデー 11・6 さて幾つになったのか…

孤独

20070124105053


言葉で告げられない想い
どう言っても 解って貰えない

だから
いつもだんまり

こんなに想っているのに・・・
こんなにも 考えているのに・・・

何かを告げた瞬間から
訝しげに首を傾げられ・・・

胸の内に想いが交錯する
一人でいるのは怖くない
独りにさせられるのが怖い 辛い

からだの中を彷徨い続ける思考の渦

とても寂しい

映し返してくれるものが無い時を孤独という。
あなたの孤独は一体誰が作ったのだろう?
どうしてあなたは孤独になってしまったのだろう?
孤独から抜け出すには一体どうすればいいのだろう?
それは、何が返されようと、自から踏み出すしか手立てはない。
声を発して告げる事なくして返ってくる言葉はない。
どんなに辛くても何かを投げ掛けてみなくてはならない。
周りが追い詰めて疎外したんじゃない。

首を傾げるのは理解するための、理解を深めるための
あなたへの問い掛け。決して拒否したんじゃない。

孤独を選んだのは誰でもない あなた自身。

さあ、踏み出してみよう。
あなたの前にはあなたを待っている大勢の友が居る。

占いの落とし穴

20070122095409


『占い相談は真剣勝負』

クライアントと対座して思う事


問われて占断する際に、事の吉凶成敗もさる事ながら、その質問の必然性や整合性が問題となる。もっと平たく言えば、問う側の姿勢、真剣さが重要になってくる。

ただ何となく聞いてみた、などという場合には、占者も又何となく答えてしまうものである。ふと思いついた事柄に対しては、問い掛けの内容が重要なテーマとは思えずに安易に即答してしまう訳である。
しかしこの安易さが意外な落とし穴になる事がある。占断結果というのは、事の大小を問わず、その人生にリンクしており暗示的効果で現象を操る事があるからである。

真剣に問われる時には事象を分析したり推理しながら、占者も見落とし、読み落としが無いように細心の注意を払うものであり誠心誠意答えるのである。

実は本当は切羽詰まった情況であったり、当人の願いが真剣で切実なものであるのに、ふと思いついた事のように軽い聞き方をしてしまうのである。
「これはまぁ駄目でしょう、叶いませんね」と返した場面で、愕然としたり落胆して大きな溜息を吐く人が多いのが現実である。
恥ずかしいと思ったり、この願いが不遜と考えたりして、遠回しに『試しに聞いてみようか』といった態度で、人生の未来ビジョンが安易な決着の付けられ方をしてしまうのである。
心に宿った願望が根こそぎスポイルされる場面となってしまう事もあるのである。

その意味で、聞く側も重要事項については成否吉凶もさる事ながら、駄目とか難しいという結果の場合には、『どういう情況で何が問題となるのか、その時どう対応するべきなのか?』までを差し戻して問う姿勢が欲しいものである。
そのやり取り、対話の中から秘策が見つかったり、或いは別の展望が導かれてくる事があるからである。

駄目なら駄目ようを確かめる。さらに、駄目にしない対応策まで問う執拗さが必要なのである。

占い師が何もかも解っている筈もない。事の成り行きの予言がズバリ当たる確証もないのだから。
占断結果をそのまま受け取って行動選択するなら、ただの操り人形でしかない。自分の人生を他者に預ける愚行を演じる事になるのである。

いつの世も『占い』は人の心象に入り込み、その人生を操るものである。

自分の心の中に明日の全てがあり、その心は実は脆いものであり、無作為に生きていると、知らない内に他者の心理的介入を呼び、好きなように操られていく事を知るべきである。
まさに運命相談の現場は究極の心理誘導の情況となるのである。

『意向を定める』事が大事なのは、他者の意見に振り回されないためであり、確固たる自分を創るためである。

質問の連続や問い返しを嫌う占術家が多いのも現実である。問い返されると占いの結果の整合性が怪しくなったり崩れてしまう未熟者も数多く紛れ込んでいるからである。かなり怪しくなってきて、もうこれ以上聞かれたくない場面で「あんた、そんな考えじゃ地獄に落ちるよ!」などと威嚇行動に出る術家もいるらしいので恐ろしい話である。そんな場面では「こっちから願い下げだ!」と毅然たる気持ちになって欲しいものである。

運命、そして人生。まずは自分ありきである。占い師と対座する時には、是非真剣勝負をして頂きたいと思うものです。


復刻版・改稿

The Fool 君は何処に行くのか?

20070809094235



何処へ向かうのだろう?

その足は その思いは・・・

空っぽの頭と心は 向かう先も知らずに

ただ闇雲に 足の踏み出す方へと向かって行く

その行く手には 袋小路が 断崖絶壁が現われて

途方に暮れて立ちすくむ そんな日が来るなんて・・・

夢にも思わず ただ進んで行く


そして 足が立ち止まり

その胸の中に芽生えた『思考という名の若木』が

様々な不安を呼び起こして

その不安衝動を拭い去るために考えはじめる


前方を見渡しながら

首を傾げながら 辺りを見渡しながら

確かな道筋を探しはじめる


「悩め! 青年よ」

悩む事で 人生の地図を描けるようになる

情報自動変換機能

20061216105631


人から言われた事を
全て自分に都合よく解釈して
後になって裏切られたような気持ちになったり

人から言われた事を
全て悪意に取って逆の解釈に走り
落ち込んで 人間不信や被害妄想となったり・・・

与えられた情報に対して
こんな自動変換機能を持ってしまう事がある

誇大自我の自信過剰になっていたり
逆に卑少自我の自信喪失に陥っていると
いつの間にか こんな機能が 脳内に芽生えてしまう

取りかえしがつかぬ情況になる前に
早く気付いて削除したほうがいい

相手の投げ掛けたものから
真意を汲み取るのは難しいときもある
意味深な謎かけのときもある

むしろ 聞きたくない 知りたくない時もあるかもしれない

何を言われたのか どう思われているのかで
至福の時もあれば 奈落の底の境地にもなる

だけど
人との関わりは 交わす言葉だけじゃない
対座する時の 表情 仕草 眼差し 発する声のトーン
そうしたものから伝わる言葉のニュアンス
それらが 全ての理解を助けてくれる

心を開き 素直な気持ちになり
真摯に相手と向き合えば 一方的ではない
互いの想いや言葉のキャッチボールが出来る

深まる理解 思いのこもったコミュニケーションのために
心と耳の風通しを良くして欲しい

雲間に浮かぶ冬の陽射し
温かく 明日への希望の光を投げ掛けている

プロフィール

鎌田康秀

  • Author:鎌田康秀

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    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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