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■■■自分意識とは
2010/06/01 Tue未分類
 自己同一性・アイデンティティーなるもの

 自分が自分をどう定義づけ、意味づけるのか、「本当の自分って一体何?」

 自分意識が創られる背景には、一体何があるかといえば、実のところ、自らの内面的な語らいから創られる事は殆ど無く、取り巻く他者との関係性やその時代の差し出したメタファー(暗喩)や、価値意識といった暗黙の「理念型」によって決定される事ばかりである。

 存在証明といって、確たる信念を持って自己表明をしたところで、果たして、どう承認されどう評価付けがされるかで、いとも簡単に自己同一性などというものは、改変されたり、否定されたりして崩壊してしまうものなのである。

 他者の目の中に自己が投影され、人生の禍福が写し出されるのである。在るがままの自分など端から存在しない。かけがえの無い自分というのも実は、うそ臭いものである。

 この認識を持っていないと、自分が見つからないばかりか、根底の自己すら、喪失するという愚行を演じる事となる。人は他者より認められてこそ初めて自分が創れるのである。承認されない自我は、不毛な観念であり、孤立を余儀なくされ、引きこもりに代表されるような小情況埋没的な境涯を作りだすだけの空しい帰結となるのである。

 自己証明や承認を求める心理的プロセスは、いつしか、誇大自己となって、自らの特異性や優越性を呼ぶ所となって、激しい発露を見せる場面を作り出したりするのである。通常の方法論では、叶わない自己証明のドラマから、劇場型犯罪に移行する凶悪事件などは、この例であり、どうあっても、自分を承認させる究極の自己発露と思われるのである。

 人とは違う、まるでかけ離れた自画像を求め始めると、最期は悲惨な自己崩壊のドラマへ向かう事を知るべきである。
 普通である事、当たり前である事を是非目指してみよう。非凡さとか、特異な人格とかは、自分が決めるのではなく、他者の目に投影される画像世界で承認され、初めて成立するものである。普通を演じていても、光る人は何処までも光る。つまらない人間が受けを狙って破天荒な行いをやらかしても、何処までもつまらないのである。

 自己同一性などという概念規定が、やばい自己撞着を起こし、得手勝手な自画像の拡大生産となるのだろうが、みな揃って画一的な擬似オリジナルキャラである。本当に面白い変わり者というのは、実は一見何の変哲もない人間だったりするのである。

 アイデンティティーを求めて、奇妙な自己練磨など、下らない事はやめて、自然体で自由な発想をしていく事である。よほど自分流の奔放な思考回路が出来て、愉快に生きられると思うのである。自分探しもたまねぎの皮むきみたいなもので何も見つからない。自分は探すものじゃなく、創るものだからである。 

『自分意識とは』 復刻転載
 
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鎌田康秀

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    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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