鑑定歴40年 面接鑑定専門 本格占い 癒しの隠れ家 四柱推命・断易・気学・風水・手相・他
他者への思い込み



人は 自分の思い通りにはならない

わかっていても
無意識に人をコントロールしようとする人達がいる

だが たとえ相手が子供でも
夫でも妻でも 恋人友人でも
嫁や婿などなら余計に
相手を自分の思い通りに動かすことは出来ない

自分の気持や感情だけが心に渦巻き
頑なに思い詰め 相手を追い込んでいく

それがどんなに相手の心を
傷つけ苦しませることになるか
想像力を働かせて考えて欲しい

相手が耐えきれずに逃げ出したり心の病いになって
はじめて自らの非に気付き
慌てて詫びて追いかけても
相手の信頼が取り戻せる訳ではない

相手の様子や表情が
いつもと違うと感じたら
自分の言動を振り返ってみることだ

たとえ悪気はなくても 人は悩み苦しむものだから…


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2010-06-28 Mon 06:05
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本当の友
20070630101620



辛かったり 苦しかったり 悲しみに打ちひしがれる時

そんな時に 共に涙してくれ 真底思いを寄せてくれる

まるで自分の事のように 悲しみ辛さを分かち合ってくれる

本当にうれしい 有り難い 本当に心が救われる

その気持 その思い その心に応えて

負けないで 挫けないで 明日を創ろうと思う


でも・・・

そんな友に 悲しみ苦しみを乗り越えて 幸せを手にした話をしたら

胸の内から 心の底から 喜んでくれると思ったのに・・・

まるで掌返しをしたように それからは知らん顔


これが人の世の常。悲しみ辛さに同情して涙するのは、いともた易いもの。
憐れみを示し、不幸の分かち合いをするのは誰でも出来る事。
そんな人はいくらでも居る。

本当の仲間、真の友というのは、悲しみ辛さ苦しみの時の同情なんかより
嬉しい時、喜びの時、人生が達成の暁の至福に包まれた時にこそ
心の底からその歓びを共感してくれる人のこと。
それが本当の友なのである。

そんな時そんな場面で、偽りの友、見せかけの友は
知らず遠くへと立ち去っていくものだ。
しっかり友を見詰めてみよう。
そして又、自分が向き合う人に対して
「真の友」「本当の友」となっているのかを考えてみよう。


『紅花』 黄の花びらから燃える朱の色が滲み出る

人を愛する血の色に似て・・・

『本当の友』 復刻

2010-06-24 Thu 06:16
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陽が落ちる
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街が燃えるように 西の空に陽が落ちていく

落日の荘厳な景色 何もかもが吸い込まれ閉じ込められていく
すぐにも夜の帳が降りて暗闇の静寂がやって来る

今日一日の汗 今日一日の涙 今日一日の血潮
今日一日の心 今日一日の思い 今日一日の生

沈む太陽に願いをこめて

今日の健やかな時空を感謝して
明日の溢れる希望を胸に感じて


思わず 手を合わせて落日を見送る

2010-06-23 Wed 06:49
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生きていればこそ…





誰もが いつかは天上の「お星様」になる

そして その時は突然やって来るかもしれない

昨日から今日~ 今日から明日~

当たり前のように続いている日常が

突然 途切れてしまうかもしれない

ふと立ち止まって 思い巡らせてみよう

今 悩みがあったとしても 悲しみがあったとしても

計り知れない苦境 絶望の淵にいたとしても

生きていれば 生きてさえいれば

いつか乗り越えていける 抜け出していける

いつか 楽しい喜びの日を迎えられるかもしれない


毎日 夜に寝て朝に目覚めるのは当然のこと

もう少し寝ていたい もう少しこのままで居たい

仕事もしんどいな 学校へ行くのも憂鬱だな…

そんな思いでいる人も多いだろう

だが 朝に目覚めたことが奇跡だと

心底喜ぶ人が居ることを忘れないで欲しい

「かけがえのない命」に思いが及べば

人への思い遣りや慈しみも生まれてくるはずだから…

2010-06-21 Mon 06:51
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いつの間にか
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いつの間にか 他人から与えられたイメージに
囚われ 縛られてはいないだろうか?

人は誰でも多面体なのだから・・・
一面だけを観て判断されるのは迷惑なだけなのに
他者の勝手な評価付けや レッテルに
縛られ 囚われていないだろうか?

こんな風に思われているから・・・

周囲の評価 他者の決めた存在理由に
無理やり応えて それらしく振る舞っていたら
すっかり心が疲れ 内側から スカスカになってゆき
いつしか自分を無くしてしまうだろう

他者の付けたペルソナ(仮面)に操られ
虚構の舞台で演じ続ける事になる

あなたは あなたなのだから
人の目など 気にしないで心の声に 耳を傾け
自分の道標に従って生きていけばいい

心の内にある座標 自分の核を守っていこう
自分らしい人生を生きるために
他者に振り回されないために・・・

いつだって
あなたの人生の 主役は あなただから
舞台の上で 堂々と 自分を 謳歌しよう
自分の個性を 思い切り出していこう

晴れやかな 笑顔で


写真はミャー人形

『ミャー』とはバングラディシュで『あなた』という意味です
好きな人の心が宿るといわれ 想いをこめて人形を大切にすると
相手にその想いが伝わるといわれています

私は自分自身を投影させて 本当の自分でいられるように念じる事にします


2010-06-19 Sat 06:21
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花の精気を貰う
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今日は あの日の続きじゃない

あの日
萎れ 枯れてしまったあなた
今でもなお 引きずっているのだろうか

鮮やかに咲き続ける花の前で
うなだれた肩を起こして
しっかり顔を上げてみよう

胸の内に隠れ込んだ 秘めた情熱を
もう一度思い起こして欲しい
もう一度 甦らせて欲しい

新たにつけた蕾として
もう一度 花を咲かせてみたらいい

深く大きく 息を吸い込んで
明日から続く未来の時空に向かって
花開く蕾になったらいい

あなたの中には
まだまだ 熱い思いの固まりが
心に胸に宿っているはずだから

花の精気を貰って・・・


2010-06-17 Thu 06:58
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蝶のように輪舞
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季節の恵みを受けて

降り注ぐ陽射しの中で 華やぐ花達

何も思わず 何も迷わず

ただひたすらに舞う 蝶の輪舞

見られているのも知らぬよう

あるがまま ただあるがままの 生命の営み

何も知らず 何も求めず

何も語らずに 雄弁な花達の舞い

生の息吹きを放つ


そんな風になれたらいい

ただあるがままの自分の 生命の息吹きを

ただ喜び 飛び跳ねている

そんな自分になれたらいい


2010-06-16 Wed 06:52
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灯りを燈す
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夕闇が来てあたりが暗やんで 街に灯りが燈る

仄かな光の束が さりげなく優しく 道行く人の背中を照らす

いつも 見上げることもなく 知らん顔で通り過ぎる人達

気付いて貰える事もない 振り返って貰える事もない

ただ暗闇を照らし続ける そんな街路灯に自分を投影させてみる


燈す灯りが輝いて 人の背中を照らし 心を照らす

寂しさや哀しさに芯まで冷えた心に 仄かな温もりを

踏み出そうと決意した人には 背中を押して

地図もないままに彷徨い続ける迷い人には 行方を示す道標を

泣き濡れて打ちひしがれた心にはハンカチを

傷を負い病んだ心には柔らかな包帯を


共に語らい 共に笑い 共に涙する

きのうを照らし あしたを照らし そして未来を照らす

そんな街の灯り そんな灯りの存在であり続けよう


2010-06-15 Tue 07:31
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挫折から学ぶ
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挫折は夢と希望を持った証拠

人生に目標があってこそ挫折体験が起きる
行動を起こし運命を開こうとした結果のこと

そして
挫折した事から見えてくるものがある
自分の希望や夢の実体が明らかなものになる
達成のための方法論も明らかになる

成功と挫折は背中合わせ
夢を持ち続けないかぎり 成功の時はない

しかし 挫折を経験しない成功は
根拠の曖昧な自己満足か 実体不明の一過性の達成領域
真の人生の充実から遠いものかもしれない

挫折を味わってこそ 本当のサクセスが見えてくる


でも挫折して人生を暗くする人がいる
或いはほとんどの人が そうかもしれない
この人達は 夢の描き方の錯誤を認めない
さもなければ 自分の無知を知らない
自らの能力不足を認識出来ない人だろう

夢を持ち続ける事が成功の絶対条件だが
その夢をどれだけ吟味分析するか
希望を確信まで持っていけるか
それが分かれ目である


何度でも挫折すればいい
何度でも夢を見たらいい
その度に心を強くしていけばいい

失敗 挫折の度に 知識や技術を手に入れ
深い智恵が心の内から浮かんで来るのだと思って欲しい

でも

同じ挫折を繰り返すのはやめよう
そして立ち上がれない挫折を招くような夢もみないことだ 


2010-06-10 Thu 07:14
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逃げるなよ!
20070125095552


何をやっても上手くいかない
何を考えても いつも結果は駄目になる

もう何もしたくない 何も考えたくもない
そんな自分を放棄して 逃げてしまおうとする あなた!

でも

逃げても 逃げても追いかけてくる
逃げ場なんて何処にもないんだよ
逃げたその先は 空っぽの世界だよ

自分から逃げる事なんて出来ない
逃げ切れたと思う その世界はイリュージョン
幻想 妄想の異次元世界

現実から逃避行したとしても
何処までも付いて来る自分
始末に負えない自分の心

見たくなくても見えてしまう 卑屈な自分

なら いっそ自分を捨てずに 逆に追いかけてみたらいい
何でもいいから 捕まえるまで追いかけてみたらいい

いつだって中途半端な自己放棄
叶わぬ夢のまた夢を追いかけては
潰れる事の繰り返し 壊れる事の繰り返し

そんな自分を嫌いになってしまった あなた!

しっかり自分を見詰めてみたらいい
自分が今 何処にいて 何がしたいか
何が出来るか よーく考えよう

運命は 運ぶ命なんだから どう運ぶかは自分次第

逃げ道抜け道を探してみても 自分から逃げる手立てはない
何処までも付いて離れない自分なのだから方法はひとつしかない

とことん向き合って自己対話して 気持ち良く
折り合いをつけていくしかないのである

きのうを悔やんで泣くのも自分
明日に全てを賭けて きのうを捨てるのも自分
未来を創るための 創れるための自分なのだから・・・


『頑張れよ! 俺だって猫やってる自分と精一杯折り合いつけてるんだからさ』
と告げる猫太郎

『逃げるなよ!』復刻


2010-06-08 Tue 06:53
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夢に包まれて
20061026120701


明日の自分を創るのは
どんな想いで どんな夢を持つか
未来へ向かう時空をどうイメージするか
心象世界で どんな夢 どんな「絵」を描くのかなのだ

自分の明日は 勝手に向こうからやって来るのじゃない

日々の想いや 確かな信念によって
創り出されていくものなのだ

夢に包まれて 明日を開いていこう

実りある人生、意味のある生き方というのは
自らの存在領域を確認し 自分らしさといったものを
まずはちゃんと創る事から始めるのが大事である

人生の方向を定める 「意向を定める」のである
つまり意識の方向、意志の向かう先の道筋である
自らの人生の幸せの優先順位や手にするものの質量
達成領域のタイムテーブルをある程度決めておく事である

人生は求める所から始まる 求めずに得られたものには価値も無い
夢を持ち 渇えるほどに求めてこそ得られた時の歓びもある

何が欲しくて何が要らないのかも解らない
何をすべきか どう生きていったら良いのかも見当がつかない
「あるがままに」「なすがままに」は
成り行き任せの放浪人生であり 心のホームレスである

意向を定め 夢を持ち 求め 掴まえる
それしか人生の充実の道は無いのである


明日の夢に包まれて幸せ感にまどろむワン太君


2010-06-07 Mon 06:07
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自分意識とは
 自己同一性・アイデンティティーなるもの

 自分が自分をどう定義づけ、意味づけるのか、「本当の自分って一体何?」

 自分意識が創られる背景には、一体何があるかといえば、実のところ、自らの内面的な語らいから創られる事は殆ど無く、取り巻く他者との関係性やその時代の差し出したメタファー(暗喩)や、価値意識といった暗黙の「理念型」によって決定される事ばかりである。

 存在証明といって、確たる信念を持って自己表明をしたところで、果たして、どう承認されどう評価付けがされるかで、いとも簡単に自己同一性などというものは、改変されたり、否定されたりして崩壊してしまうものなのである。

 他者の目の中に自己が投影され、人生の禍福が写し出されるのである。在るがままの自分など端から存在しない。かけがえの無い自分というのも実は、うそ臭いものである。

 この認識を持っていないと、自分が見つからないばかりか、根底の自己すら、喪失するという愚行を演じる事となる。人は他者より認められてこそ初めて自分が創れるのである。承認されない自我は、不毛な観念であり、孤立を余儀なくされ、引きこもりに代表されるような小情況埋没的な境涯を作りだすだけの空しい帰結となるのである。

 自己証明や承認を求める心理的プロセスは、いつしか、誇大自己となって、自らの特異性や優越性を呼ぶ所となって、激しい発露を見せる場面を作り出したりするのである。通常の方法論では、叶わない自己証明のドラマから、劇場型犯罪に移行する凶悪事件などは、この例であり、どうあっても、自分を承認させる究極の自己発露と思われるのである。

 人とは違う、まるでかけ離れた自画像を求め始めると、最期は悲惨な自己崩壊のドラマへ向かう事を知るべきである。
 普通である事、当たり前である事を是非目指してみよう。非凡さとか、特異な人格とかは、自分が決めるのではなく、他者の目に投影される画像世界で承認され、初めて成立するものである。普通を演じていても、光る人は何処までも光る。つまらない人間が受けを狙って破天荒な行いをやらかしても、何処までもつまらないのである。

 自己同一性などという概念規定が、やばい自己撞着を起こし、得手勝手な自画像の拡大生産となるのだろうが、みな揃って画一的な擬似オリジナルキャラである。本当に面白い変わり者というのは、実は一見何の変哲もない人間だったりするのである。

 アイデンティティーを求めて、奇妙な自己練磨など、下らない事はやめて、自然体で自由な発想をしていく事である。よほど自分流の奔放な思考回路が出来て、愉快に生きられると思うのである。自分探しもたまねぎの皮むきみたいなもので何も見つからない。自分は探すものじゃなく、創るものだからである。 

『自分意識とは』 復刻転載
 
2010-06-01 Tue 07:39
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