希望・夢

20060523182717



夢が無ければ生きられない 希望があるから生きられる

人は明日を創り 未来を開くために生きる

たとえ今 人生の終りが来たとしても

その瞬間を迎えるまでは

夢と希望に 生命の息吹きを放つ

そんな自分でいよう

心に住む龍は 明日の飛翔を待つ


諦めた時には心の中に霧が立ち込める

霧中はやめよう 夢中に生きよう

勝利者は 夢と希望を捨てなかった人

心に夢と希望の星が輝いている人

そんな自分を創っていこう

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方向を定める




意味のある生き方 充実の人生を願うとき

まず大事なのは 自らの存在理由を明らかにして

自分らしさとは何なのかを掴まえること

確かな自分意識をきちんと創ることから始めよう


人生の送り方 営み方の方向を定める

「意向の定め」をしなければならない

意識の方向 意志の向かう道筋を考えることだ

自分の手に入れたい幸せの形 優先順位を決める

その質や多寡もある程度想定することだ


すべては運次第 何もかもが偶然の所産と思って

人生を括ってしまうなら ただ成り行き任せで

訳の解らない実体不明 居所不明の人になってしまう

心のホームレスになってしまうから

思考と行動に意向が定まってなければ

あてどなく彷徨う浮浪の人生になってしまう


厳しい世情もあり行方のしれない心のホームレスが増えている

目的が無い どう生きていくのが良いのか解らない

何が欲しくて何が要らないのかも解らず

何をすべきか 何をせぬべきかも見当がつかない

「あるが儘(まま) なすが儘に生きていく」そう言い切るのは格好いい

でも あるが儘は無いが儘であり

そこには苦悩も葛藤も悔恨もない

そして達成もなく 感動も満足もない


人生は先ず求める所から始まる 求めずに得たものには価値もない

渇えて飢えて喉から手がでるほどに求めるからこそ

手にしたときの喜び 感動もある

残念なことに その境地を味わう人が少なくなっている

人生の醍醐味を知らない人だらけになっている

自分意識を創り 人生の意向を定め 求め 掴まえる

それしか 人生の充実の道はないのだから…


『意向を定める』 改稿


心に春賑わう






吹く風よりも心が先に春の賑わいを感じ取っている

桜の花びらが 心の中でもほころびかけている

そーっと目を瞑れば

澄んだ湖水が青々と浮かんできて

次には 鮮やかに咲き誇る花々

そして その上を小鳥や蝶たちが飛び交っていく

まるでスライドショーのように

次々と浮かんでくる光景は心踊る楽しく美しいものばかり


現実にはまだ何も起こっていなくて

頭の中で考えられることでなくても

体が感じ取った春はもう来ている

朝 目覚める時の小鳥の囀り(さえずり)が華やいで明るく聞こえる

芽吹いた若葉が艶やかに陽の光を照り返している

アナタの胸に春は来ているだろうか

その肌に受け止める確かさを 心は感じ取っているだろうか…

本当の自分

 本当の自分を知っている人がどれほどいるだろうか?

 真の自我を自覚して、しかも対外的にも表現出来て生きられる事がどれほど難しいか。いつでも自分の存在理由は、取り巻く他者の承認に委ねられており、認知されなかったり、拒否されたり、認知の対象から外され無視される場面で、心が傷つき痛んでいくのである。誰しもが抱く、人との関係実態への恐怖概念が、自分らしさから遠く離れた自己発露の現実を誘発し、別人格を創ってしまうのである。大なり小なりに内外の自我への自己矛盾に苦悩葛藤するのである。

 嫌われる事は耐えることが出来るかもしれない。嫌われる以上は、とにかく認知されたのであり、かろうじて、仕向けた自我は無視はされなかったのであるから・・・

 一番の恐怖は黙殺される事である。反応を拒否されるのは、自らの存在基盤の全否定になるから、そこに居て、居ない事実を突きつけられることになるからである。

 知らず人は、承認を求めて、本来の自我を歪めながら他者と向き合っていくのである。理解されたいが、受け入れても欲しい。そんな葛藤の先には、捏造された自己が晒されていく事になる。

 幼児体験で、周囲からの自我発現の拒否弾圧を受けた人は、とりわけ屈折した心を持っており、心とは裏腹な感情を見せては、自他共に混乱の渦を作ってしまうのである。
 天真爛漫な無邪気な行動を、我儘となじられた者は多い筈である。親の理不尽な叱責に屈服した人の自我封印のドラマである。

 こんな人の場合は、喜怒哀楽といった原初的な感情のサインが出せずに、まるで違う表現となって、理解されるどころか大きな誤解を生んだり、時として唖然とされる場面を醸成するのである。感情を封じ込めないと家族と一緒にいられない過去があったのである。

 素直になれない。正直になれない。人の眼ばかりを気にする。上手く演じきれたつもりでも、解ってもらえた事にはならない。「本当の自分はそんなんじゃない!」

 本当の自分と、演じきる自分の差異が自覚出来ていればまだしも、何がなんだかさっぱり解らない、「あたしって何者?」という自我喪失者が沢山いるように思われる。

 自分らしさが解らず、自分の本当に求めるものも解らず、苦悩しながらも、葛藤状態から抜け出せない人々。

 これは、自己対話の欠落と他者依存の心が根底にあるのが、原因である。自らの存在基盤を決定付ける他者の目を意識構造の中心に置く事で、どんどん自分から乖離した擬似人格を作る事が原因なのである。究極は他者の承認なしには、人は生きる場所を得る事が出来ない。これは現実の真理なのであるが、内在する自分自身の価値観や思想性や、行動理念といったものを、どう表現し、どう受容させるかで、他者との関係実態が変化していくのかを、考えるべきである。

 愛されたいから、愛されるように振舞う。だが、現実は、本当の自我とは、異なった感情を見せているため、相手の対応に不協和音を感じ始める。して欲しい事とされる事の落差に途方に暮れるばかり。恋愛相談の「イロハのイ」に双方のコミュニケーションギャップがある。可愛い女を演じつつも決して可愛くもない本音があったり、不満因子を抱えていたり、実は議論だってしたいのに、正論を吐いて嫌われるんだったら辛いからといった情況でブリッコをやり続けて、しまいに自滅なんて事がよくある。

 自分らしさを感知するためには、本当の自分はこれが好き、あれが嫌い、こうなりたい、ああはなりたくないといった段階から、次々に価値意識の本流を作り、思想性を持つ事である。人生の選択枝の骨格を持つ事である。人間関係はいつも相互の交流によって影響しあうものである。相手の目の中に写し出される自分は、自分の投げかける言葉や態度や波動によるのであって相手の思惑で勝手に作られるものでは決してない。

 自分を創り、表現してみよう。試行錯誤しながら、自分らしさが次第に出来ていくものである。又、表現しないものは、絶対に理解はされない事も知っておくべきである。理解されたければ、されるよう自分から告げる事である。理解されるまで告げる努力をするのである。人生を創る事は、自分を創ることに他ならない。お互い頑張ろうね。

『本当の自分』 復刻転載

通勤電車

20070327101227


吊り皮につかまりながら 揺られ揺られての毎日

つかまる吊り皮がなくて よろけてしまう事もしばしば

あらためて見据えれば 有り難い通勤の友

いろんな人の手の汗に悲喜こもごもの

人生模様を垣間見ていることだろう


ふとつかまれば ひんやりと湿った手触りに

悲しげな 侘しげな残留思念が伝わってきて

想わず切ない気持ちになる

窓から見える景色も寂しげで

夜更けの線路を走る単調な音だけが響いている

光の中で




暁の前には 深い闇の静寂

このまま闇に閉ざされたままに

人生が終わってしまうのか・・・

そんな思いに囚われて 胸を抱えて慟哭するキミ

その時 心の中に一本のマッチを擦るだけで

闇はあっという間に消えてしまうのに・・・


でも もし心に灯す火が無かったとしても

何もしなくていい ただじっと待つだけで 

陽の光はそこまで来ていることを 知って欲しい

闇は いつしか朝の光に溶けて消え去ってしまうのだから

俯いていないで 泣いてなんかいないで

縮こまった頑なな心を解いて 胸を開いて

降り注ぐ陽の光に身を任せる自分を感じてみよう


『夜明け前の闇はなお一層暗い』

でも果てしなく暗い闇の底から一条の光が差し込んで来る

暗闇はいつまでも続かない 永遠の闇なんか無いのだから


眩い光に包まれて羽ばたいている自分を感じて

今の闇を過ごしていけばいい

そう! もう夜が明ける


『夜明け前の闇』 復刻改稿

立ち尽くす自分

20070324102659


『自分を愛せないから人も愛せない』

自分の心に問いかけても
分からない事ばかり 本当の自分 確かな自分
を追い求め しがみつき ここまで来たけれど

愛する事も愛される事も分からないまま・・・
せっかく生まれてきたのだからと
なんども なんども自問自答するけれど
いつまで経っても 答えなんか出てこない
かぎりない無為な時が流れて
らせん状の思考がグルグル回りを繰り返す

人として どう思いどう生きるか? そんな事考えないで
もう一度 素の自分に回帰してみよう
愛を知り 愛を語り 愛を手にしたいなら
せつない かなしい さびしいと思う心を捨てて
なにもかも 洗い落としてみたらいい
いつまでも 自分さがしなんかに拘っていないで

私が私である事を素直に認めてみよう

自分の心を創って、まずは自分を愛する事から始めよう。
自分が嫌いな人は、向き合う人にも「好き」とは言えないのだから。
自分を愛せない人は、人に愛を与える事が出来る筈がないのだから。
自分さがしもいいけれど、何処を探しても見つからないよ。

探す事より、創っていくのが自分を確かめる手立てになるんだよ。
きのうと違う自分、あしたに向かって歩き出す自分。
そんな自分だったら必ず一緒に歩く友が出来る。心を通わす人が現れる。

もう一度素の心になって自分と向き合ってみよう。
自己対話をして、自分を好きになってみよう。

そして思いを分かち合える人と次々に出会っていこう。


詩の文は頭の一字を縦に読んでみて下さい。『隠し文』です。

復刻改稿版

ひな祭り

20070302103908


年に一度のお出まし

暗い押し入れからおごそかに表に出て

最初は陰りのある面立ちが

すぐにも 満面の笑みを湛えた表情に変わっていく

雪洞(ぼんぼり)に明かりが灯り

仄かで柔らかな光に包まれて 静かに厳かに

春爛漫の宴(うたげ)が始まる気配


いつも再会のたびに

家族の一人一人と対座して

『達者で居られましたか?』

『如何な時の過ごし方をされてこられましたか?』

そんな問い掛けをしてくれるような優しい風情

目を交わし 互いに温もりを分かち合う


悠久の時の流れを 幾千幾万 さらに限り無いほどに

様々な人形(ひとがた)の乗換え船を経て

雅人(みやびびと)が降臨する

人形は古人(いにしえびと)の魂の乗り船


健やかに 晴れやかに

我が家に幸多き事を願って

静かな宴を共に楽しむ

プロフィール

鎌田康秀

  • Author:鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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