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光の道標
2008/07/30(Wed)
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どんなに深い闇も 一瞬に消し去る光
迷う心 闇を彷徨う心に灯す明かり

先が見えず 行方が解らす 逡巡して
立ち止まっては悩み 悩んでは立ち尽くす
あてどない旅人 人生の放浪者

何処に向かえばいい? 何処が到達点なのか?
何もかもが闇に包まれて 見えない 解らない

そんな時には 光を捜せばいい
光の輪を見つけて そこに向かえばいい
闇を避け 光の射す方に向かっていくのがいい

光は希望 光に照らされ包まれた時に
自分の中のテーマが見えてくる
捜し求めるものが見えてくる

光と闇は 背中合わせの双子
闇があるから 光の眩しさが際立つ
光があるから 闇の暗さが識らされる
果てしない暗さが 不安だらけの
トンネルや奈落の底を思わせる

光と闇はあなたの左右にある

光の中に立つ時は
足元に開く闇の落とし穴に気をつけ
深い闇に覆われている時は
明日にもやって来るかもしれない
光の輝きに 心から希望を託す

光は今日から明日への 未来への道標


『光の道標』加筆改稿

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解き放たれて
2008/07/29(Tue)
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解っているのに身体が動かない

「どうすればいいか」なんて
人に言われなくても解っていた

幸せになるために どうしたらいいか…

それなのに どうしても動けない
動く気持も封じ込められていた

情に絡め取られて
見えない綱(つな)で縛られているように…

「もう今日こそは終りにしよう!」
そんな決意をしても あの声を聞くと
不思議な響きと余韻を醸して
呼び掛ける あの優しい声を耳にすると

思わず振り返って
吸い込まれるように戻ってしまっていた
それが何重にも自分の首を締めているとも知らずに

いつもそんな事の繰り返し

やっと目が覚めたときには
心の中もカバンの中も 自分の生きる基盤すらも
身ぐるみ剥いで 何もかも空っぽになっていた

でも 新しい一歩を踏み出すためにはかえって身軽でいい
そう思ったら 今までがんじがらめに縛られていた綱が
音もなく 解けて消え去っていた

凍りついていた心と身体が やっと
本来の生気を取り戻したように動き出す

明日へと続く道への一歩を踏み出すために……

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燃え立つ夏
2008/07/28(Mon)
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心燃え立つ紅い花

ハイビスカスの放つ波動は盛大な夏の陽気

ヒマワリとも競い合って 碧い空に燦然と輝く

心の底から 熱情を喚起させてくれる花

汗まみれになっていても 埃まみれになろうとも

なお 駆け出してみようと思わせる

いきなり元気を煽る そんな火のイメージの花

気持は遥か遠い青春世界に一瞬に回帰して

すっかり我を忘れ 年を忘れ 時を忘れて

はしゃぎ過ぎて走り過ぎて バッタリ倒れて

ヘナヘナとへたりこむ康秀親爺でした


京王多摩川 フラワーガーデンにて

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ハートフルな食卓
2008/07/22(Tue)
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ふと 箸が止まる

食べちゃっていいのかな!?

「どうぞ どうぞ 食べて下さい」

キュウリが囁きかけてくる

そーっと頬張って キュウリのハート『Love』を噛み締める

なんだか楽しい食卓

尖んがった心も一瞬に緩んで円くなる

そして次第にハート形になっていく

こんな野菜を作る人の思いも伝わってきて

食べる者達は幸せ感溢れて 皆笑顔になる

ただの遊び心じゃない

もっと深い 食への思いを貰って…

酌み交わすビールの味も格別

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『魔』が飛んで来る
2008/07/04(Fri)
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『魔』は何処からやって来る? 飛んで来る?

魔に憑かれた 魔を身に入れた後から
急変する人生ドラマ 不可思議な現象の連続

意味不明の行動 解析不能の心象
運気の波を越えた 因果律の概念から乖離した超常世界
憑依 祟禍 霊障 怪奇

魔を打ち砕く 魔を切る 魔を封じ込める
陰陽師 呪術師 そして占術家に救済を求めて
群がり懇願する 魔に憑かれた人達

先祖の祟り 未成仏霊の訴え 水子 死霊 生霊
浮遊霊 憑依霊 地縛霊 さらに前世の因縁…
ありとあらゆる原因追求を繰り返し
これが必然の縁起とばかり 魔を捜し続ける

しかし 本当の『魔』は心の奥底 奥深くに忍び込み
おいそれとは その姿を見せない

勝手な解釈 当て推量で 霊障祟禍として答えを括る
そこで霊を祓えば 手っ取り早い自己救済の道となる


人は自らの意識から逸脱したもの、自らの意志とは異なった
理解不能の現象に遭遇した時に、誰もがふと『魔』の存在を思い描いて
次第に恐怖に陥っていく。しかし怯えると同時に、事の原因を怪奇なるものへと転嫁して、
思考を止め、知らず自己責任を回避したり放棄してしまうのである。
実は自らの神経不安、錯綜とした観念或いは単なる思考混濁や自念障害であるのに、
問題をすり替えて、別次元の手短かな自己救済へと向かうのである。

自分の心の有り様や日々の行いの結果としては考えずに…

よく考えてみよう。魔が一体何処からやって来るのか?
魔は余所から突如飛んで来て、取り憑くものでは決してない。
それは自分の心象が作り出したイリュージョン(幻想)だったり、
抑圧され屈折した精神情況から、自我が崩れ人格が乖離して起こる
妄想認識である事が大半なのである。
或いはもし憑依現象が起きたとしても、それも自らが呼び込んで取り憑かせたのであり、
憑依の受け皿を自分が持っている事を示しているのである。
身の上に起こる事は畢竟、心の写し絵である。

『魔を切る』というのは、究極自分の心の内にある悪想念の揺らぎを断ち切る事なのである。
むしろ自分を裁き矯正する「我が邪念を切る」であろう。

まじないの方術で霊障祟禍を解除したとしても、すぐにも安心立命の境地とならないのは
自明の理である。心の中の想念の歪みを正さないかぎり、
怪奇妄想も錯誤認識も意味不明の超常現象は何度でも繰り返すからである。

憑霊捌きは呪術師や陰陽師の担う仕事だが、
やはり心の内の想念世界を浄化して正さないかぎりは、彼等の仕事は尽きる事がない。

よく考えてみて欲しい。

『魔を切る』復刻改稿

写真は
持鈴(眠れる仏心を目覚めさせる密教法具)
独鋸杵(魔を打ち砕く力と煩悩や苦難を振り払う法具)

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雨よ降れ もっと降れ
2008/07/01(Tue)
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楽しい楽しい梅雨だから

雨が滝みたいに降ればいい

季節がくれる喜びだから

もっと降れ もっと

雨が降ったら 街の至る所に花畑が出来る

一斉に開花して 動き出し雨空を彩る 傘の華


そして 紫陽花の木陰で

方々に出来上がった水溜まりで

人知れず

カエル達の盛大な運動会がはじまる

雨よ降れ もっと降れ

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