なりきりパワー

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脳内のイメージを高めて、なりたい理想の姿を想像する

具体的に克明にイメージする事

自分の未来像が確固たるイメージとして心に刻印されるよう

仕事の成功・愛情の獲得・財政の充実・あらゆる幸せな情況を

自分の心に刻印する

リアリティーを感じて想像してなりきると

いつしか心に刻印されたものが実現する

愛情が欲しい時には、すでに獲得したものとして

愛を語り合い、分ち合い、その愛情交換の場面を脳内の舞台で演じる事

仕事で成功するのは、活躍して腕を振るっている自分の姿を想像して心に刻む事

なりきりのあなたはすっかり未来像が確固たるイメージとして心に描かれ

その絵は必ず、未来の立体画像となる

自分を高くも低くも 尊くも卑しくも

自分の想いが未来の自己像を決める

イメージとして心に刻印すると思考が変わる

思考が変わると行動が変わる

思考と行動が変わると知恵が浮かんでくる

そして運命が変わる

ビジョンは未来の予想地図

克明にイメージして迷子にならないよう

明日を創っていこう
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願い そして祈り

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そんな哀しみを湛えた顔をして

何を求めてるのだろう?

何を願っているのだろう?

哀しみの表情を見せつけるのは

依存する気持ちの表れ

明日を運んでいくのは自分自身なのに・・・

願いは自分に 祈りは自分に

明日を創れる自分になることを

昨日に負けない自分になることを

今日からは自信に溢れた自分になることを

誰かに願いをきいて貰うのじゃなく

自分に願おう 自分に祈ろう

あなたの心の内にいる 運命の女神に・・・

この子は福ちゃんにべったりの「お願い猫ちゃん」です。

福を呼ぶ

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相談室の福ちゃん

腹がへったとご飯を求める

一食五百円 時々は二食、三食

それでも もっと食べたいような風情

あまり与えて 食当たりになってはいけないので

時々は トイレに連れてって欲しいと言います

そんな時には 私が御馳走を食べる番 あはは

人知れず咲く花

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道を歩けば いたる所に 花達の囁き

目を止めれば 優しくほほ笑み返す花達

見られているのが やっぱり嬉しいのだろう

見ている自分もなんだか嬉しくなる

可愛い花達に

心から ありがとう

花達を見つけたら

そっと話しかけてみよう

優しく さりげなく 心に 入って

華やいだ明日を運んでくれる筈

言葉が操る人生の吉凶

 生の肯定のメッセージ

 日常的に発する言葉の中にあなたの明日を創る鍵がある

 どんな言葉を口癖にしているのだろう

 こん畜生! バカやろう! なめんなよ! 死ね!

 これじゃ 生の全否定

 明日は暗く 良いことは何も起こらない

 今 魔法の言葉が 静かなブーム

 教えておきます

 「ありがとう」

 「感謝します」

 「ついてる ついてる」

 たったこの三つ

 毎日何度も言い続けると

 自分の心 魂が変わっていく

 いつしか

 素晴らしい明日がやってくる

 言葉は言霊(ことだま)

 生きる喜びを

 精一杯の思いをこめて

 自分にも

 周りの人たちにも

 語りかけていこう

 心の底から ありがとう

 生きる日々に 感謝します

 わたしの人生は見事に

 ついてる ついてる


 「魔法のことば」という本が出版されているそうです。
 「壮快」という健康雑誌に詳細が掲載されています。
 ご一読をお勧めいたします。
 

相談室探訪

 ストーカー被害に霊障が絡む
 
 女命 丙辰年・丁酉月・辛卯日・辛卯時生・ヘアメイクアーティスト

 二年ほど前に、仕事を通じて知り合ったカメラマン(30代)の男に求愛されるが別段何の感情も無いので交際を断ったのだが、それ以降執拗な男の求愛が続き、それでも知らん顔をしていると、いつしか悪質なストーカー行為を受けるようになったのである。待ち伏せから始まり、次第に相手は暴力衝動を覚えるようになりエスカレートしていったのである。

 顔面殴打数回、鈍器のようなもので頭を叩かれた事もある。警察に届けて、その男は警告措置も受けている。しかし、自分が動けなくなると、代理人(仲間)に襲撃させたりと、極めて悪質で危険な情況となっているのである。

 命理では、この女性は、辛金の生まれ、酉月に通根する。ただし卯酉の冲・辰酉の合と支の関係が乱れている。偏正官もあり、異性問題が多い命である。気性はかなり激しい女性である。月柱とは丁酉ー辛卯の天剋地冲となっており、波乱を自ら呼ぶ性情となる。

 一年前には、そのストーカー男の足止めの願掛けとして、申月に申子孫(憂解剋鬼の神)を卦に見て、申日、申刻、申方位へのまじないを行わせたのである。水天需か天沢履の卦であったと思われる。

 この方位取りの結果、ストーカー男は足止めされたのであろう。出現する事は全く無くなったのである。暫くは平穏な日々が続いたのである。しかし、年が明け一月以降から、今度は仲間と思われる男からたびたび襲撃を受けるようになったのである。(申子孫が、一月丑で墓に入ってしまった為か)

 本人の恐怖心は以前よりさらに増し、住居も友人宅に世話になり、あちこちに移動する日々となっている。

 何故、こんな目に合ってしまうのか?
 相手の求愛行動も狂気を帯びるが、その訳がサッパリ理解出来ないという。相手を受け入れる「それらしい態度」をこの女性は絶対に取っていないと断言するのである。極度の愛情執着によるストーキングだけに、精神病理の対象ともなる話である。やはり、相手の男の錯乱なのであろう。

 現在は、この男の直接行動は無くなっている。代理人の襲撃も居宅を移動しているので免れている。だが時折、携帯電話に脅迫電話がかかってくるようになっており、この女性の友人達へも変な電話があるという。

 そこで、この女性の勤め先の社長が心配をして、私に何度ども占断依頼をしている訳である。

 そこで、ストーキングが根絶できない原因が一体何なのか? この社長も悩み始める展開となったのである。そして年末の押し迫った時に、ついに、この女性を連れ立ってやって来たのである。幾度かこの問題については、占断して、足止めの願掛けもさせたりしてきたのだが、この女性と会うのは初めての事である。

 社長は「実は彼女の事を考えているうち、何度も頭に浮かぶ事がありまして・・・つまり、この事件は、霊的な障りから来てるんじゃないかと思うんです。親族か、祖先の因縁から来てるんじゃないかと・・・。彼女の先祖が何か酷いことをして怨まれるような事があって、その報復を彼女が受けているような感じがするんです。実は、霊視に近い感じで、ある情景が浮かぶんですよ」と言うのである。

 「とにかく後で話しますけど、その霊障の有無と、あるとすれば一体どんな事が出るのか、ぜひ占って欲しいんです」
と真剣な眼差しとなるのである。

 そこで、立卦してみると、

 天雷无妄 変 火雷噬嗑を得たのである。


ストーカー問題・霊障祟禍の占

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天雷无妄 変 火雷噬嗑

占断依頼は、被害女性の勤め先の社長である。

「どうでしょう? 何かあります? 絶対に霊障ですよね!」

 社長は真剣な表情。しばし卦を見て連想を働かせてみる事にする。

 そして、思うがままの事を告げてみる。

 『山の中に細い道が見えます。女性がいます。若いです。薄紅色の着物を身につけています。長い髪の女性です。何だか時代が古く、戦国時代のような感じがします。林の中の小道に佇んで居るようです。この女性は、これから剣難に合うのです。山賊か、敵の密使か、とにかく襲われて斬り殺されてしまうのです。ただし、刀のような鋭利な刃物ではなく、鉈(なた)とか、斧(おの)鎌のような鈍器で撲殺されるのです』

 「山・林・小道・若い女性・薄紅色の着物・鉈のような刃物」と次々に連想され、ふと口をついて出てしまったのである。

「そうですか?やっぱり・・・実は霊視したものを絵に書いてみたんですよ」と社長は、紙片を差し出し拡げ始めたのである。

 そこには、山林の小道に佇む長い髪の女性が悲しそうな表情をして描かれているのである。そして、よく見ると、頭部には斧のようなものが刺さっているのである。

 卦を見ると、
 世爻に月破の子孫が臨み、勾陳が付す。憂解剋鬼の星神が破れる象となる。さて、霊障は日辰に官鬼作して、卦中にあれば祟禍と為すのである。申の官鬼が五爻にあり未妻財を化出。鬼が女を化出させたカタチである。二爻の寅兄弟は旺じて(力が強い事)日冲(支の反対・申ー寅)を受けて暗動、密やかに動く。木気なので木々の重なりとして「林」を連想したのである。

 申官鬼ゆえに金気であり、刃物、又剣難、そこに未妻財の女が化出。女性の蒙った災難を表しているのである。官鬼は五爻に居り、その場所は道である。勾陳は「山」であり、寅の「林」から山林の小道を連想したのである。又、申官鬼の金気の色はピンク、白であり、薄紅色の着物の連想となる。

 卦を見て、思いつくままに連想したものが、そのまま絵になっているのである。一同総毛立ち、震える気持ちになったものである。

 「ともあれ、先祖にまつわる霊的な障りがあるようだから、先ずは、墓参りをして欲しい」と告げたのだが、その女性は、もう既に墓参は済ませたそうである。

 「何だか、もう自分としては、スッキリしてるんです。勿論全く解らないし、家族に聞く話でもないですから・・・そんな昔の事は誰も知らない筈だし」というのである。

 「では、今後は、霊障が解除されて、安否はどうかについてを占っておきましょう」と告げる。

 卦は、天沢履変山沢損

 安否を占い、世爻に日辰に臨む子孫が付くとは、まさに無事の象。しかも伏している子妻財が月に座し世爻に化出するのである。この霊障の因縁の本体である女性の辛い怨念が祓われ浮かばれたものであろう。そして、午の父母爻が動いて化墓、化空。又巳父母が休囚で力が無いが、暗動している。「なんだか訳が解らない」と難色を示す者もあるだろうが、身内縁者も動いて先祖供養をするようになるだろうと告げたのである。

 「そんな感じです」と笑って答えるのである。

 以後、ストーカーは全く動きを止め、無事を得ている。
 実際に、この霊視された着物姿の女性を追跡調査する手立ても無く、全てが?マークの話であるが、祟禍を確認した結果、安全が保証されたのである。霊視された事で浄霊に近い事が行われたと解釈するべきであろう。

 本当に不思議な出来事であった。

風邪は心の休息

 身体と心は連動

 丸二日間ぶっ通しで寝込んでました。
 だいぶ回復したようです。人恋しくなったのは元気になった証拠。かつて、私も更年期性の欝になった事があり、日々出会う人たちとの、語らいがとても辛く感じ、仕事に身が入らず随分悩んだものです。

 人の悩みに共感する事が出来ないのは、かなりヤバイ事です。全く心が動かなくなってしまったのです。身体の変調もあったのでしょう。結局は何度も何度も寝込み、身体の調子を取り戻すまで寝続けることになりました。

 頭も身の内という事なんですね。思考を操る脳神経系統も疲弊していたのだと思います。寝込んだ結果、元気が戻ってきました。

 今回も少しオーバーワークだったのでしょう。風邪は心の休息のサインだったのです。皆さんも気をつけましょう。

 いつもと調子が違う時は休息のサインです。

不意の休日

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風邪を引いてしまいました

無理をしているとは思わなかったけど

走りこんでしまったようです

ゆっくり歩いていけばいいのに

知らずに走りこんでいたのです

春爛漫の熱情に浮かれていたのでしょう

不意の休日に戸惑いながら

流れる時

風邪がくれた

時の穴

穴の中で 静かに

確かめる命の営み

あずみ

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土曜日は芝居観賞 明治座

「あずみReturns」

原作・ 小山ゆう 構成/演出・岡村俊一

黒木メイサ・ 涼風真世・赤坂 晃・山本 亨・山崎銀之丞

劇画を舞台に乗せた話題作。うら若き乙女でありながら、刺客として生きる過酷な運命を描く物語。あずみは捨子の生を受け、「枝打ち」という密命を負った小幡月斎に拾われ剣の腕を授けられ見事な暗殺者となるべく育て上げられる。

徳川家康晩年期に権力保持のため、豊臣方残存の大名や、家臣を一掃の命を受け、最期は秀吉が淀の方との間に出来た秀頼(総大将)の懐中に入り、命を奪う計略となる。

一方、刺客の動きを知った淀の方は、その報復に逆刺客を差し向けるのである。手錬れの最上美女丸。

ともあれ、武人達の合戦場面、あずみの剣捌き、若干17才の黒木メイサが好演しており、激しい殺陣も見応えのある身のこなしである。

美女丸を演じるのはベテラン涼風真世。淀の方も演じていて、貫禄の演技であった。あずみの声は連日の舞台で擦り切れてしまい、痛々しいかぎりだが、涼風真世はさすが宝塚仕込みの手錬れである。声の張りも、身のこなしも、余裕たっぷりで、演じる事を楽しむ風情で、その力量をいかんなく見せつける舞台であった。

赤坂 晃はじめ、ジャニーズの芝居が熱を帯び、今後、数多くの舞台人を輩出するものと思われる。

観劇のきっかけは、知り合いの音響担当の山本能久氏であるが、この芝居の構成に音響の果たす役割はかなりのものと思われる。殺陣も見応えのあるものにしているのは、細部に仕掛けられた効果音である。かなり高度な技術を以てこまやかな感性で音創りをしていると思う。

芝居の善し悪しは好き嫌いもあり、断定出来ないが、真剣で力の入った舞台であり、興業的にも素晴らしい成果を上げる中味であったと思う。
閉幕は鳴り止まぬ拍手。スタンディングオベイションとなった。

心を覗いてみよう

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あなたの心

どんな風になってるの?

何を見てるのだろう

何を求めてるのだろう

あなたは

何処から来て

何処へ行くのだろう

本当の心を覗いてみよう

大きく心を開いて

隅々まで見つめてみよう

自分が好きになるまで

自分が愛しくなるまで

心を開いて

心を広げて

見つめてみよう

心のメガネ

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あなたは何を見てるのだろう

見えたものが本物だと信じているの・・・

心にどんなメガネをかけてるんだろう?

あなたの目に写るものと

私が見えているものと同じものだろうか・・・

みんな気がつかない内に心に色メガネをかけてるんだろう・・・

お願いだから、ちゃんと見て欲しい

あなたを待って見つめ続ける私がいる事を・・・

私の名前はフォルチュナ

運命の女神

時を読む

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焦る事はない 慌てる事もない

時はあなたを置き去りにはしない

あなたの想いが熟した時に

あなたの心にわだかまりもなく
揺らぎもなくなった時に

内圧が高まった想念の蓋が開き

奔流のように

すべてが流れはじめる

時はあなたを 温かく包み

あなたを待っている


写真は我が友 亀やん

幸せの自覚

 幸せは自らの規定なしには成立しない

 闇雲に幸せを求めても、何を以って幸せとするのかが解っていないと「幸せ」は、いつまで経っても絶対に手に入らない。

 幸せも不幸せも、自分自身の規定、決定条件があって初めて成立するものであり、心の中にある価値体系の産物なのである。どう定義づけ、どう創り上げていくかで、幸せの多寡、強弱、深浅が決まるのである。人さまざまであり、その実態も千差万別の筈である。

「幸せになりたいんです。でも、何が幸せなのかちっとも解んないんです」という人も多い。何となく生きていては、人生が創られる事は無い。人は幸せを感じる、感じたいために生きていくのであり、創っていかない限り幸せを享受する事も叶わないのである。

 かけがえのない、自分だけの幸せ観を持つべきである。ともすると自分から遠くかけ離れた幸せ概念に拘泥する人が多いが、皆、等しく苦しい境遇に喘ぐ愚行を犯しているのである。

 たとえば「今は苦しいが、必ず幸せになって見せる!」と苦虫を噛み締める人を見るときに、悲しく切ない気分に陥ってしまう事がある。その逆に、悲惨な境涯と思われる人が、それでもなお、明るく笑い飛ばし、今の実情をユーモアたっぷりに語る場面に遭遇する事もしばしばある。こんな時、運命の吉凶禍福も又、生きる実人生の彩りなのだと、共に笑い合うのである。思考と行動の基本軸が出来ていれば、日常の苦難を正面から受け止め、感情の混乱を食い止める事が出来るのである。

 幸せは、今の現実の延長線上にある事を忘れてはいけない。どんな情況であれ、幸せから遠い所に居ると思ってはいけないのである。常に必要な心象概念は、苦しみも楽しく過ごす事である。苦楽しい(くるたのしい)と思ってみてはいかがだろう。今の不幸に打ちひしがれた心では、明日の希望は持てる筈もなく、さらに幸せの状態がいかなるものかが、混沌としてしまうのである。苦しみの後には必ず快い境地が開けると思う(快苦の双葉といって、表裏一体の人生の真実がある事)心を持つ事である。苦しみの中に快あり、快さの中に苦あり、とも言う。

 又、 財運や社会的成功や名声というものは、幸せの裏づけには、欠かせないものであるが、これを以って幸せと定義しても達成後に落込むばかりの情況となるのである。人生の彩りでしかないものを幸せの目標にするのは愚行である事を知るべきである。自分の幸せ観を持つと同時に、「今自分はその幸せの途上にあり、日々さらなる充実の幸せ創りに生きていると思う」そんな心象レベルに身を置く事である。

 何かを求めて、四苦八苦しながらも、達成領域を身近に感じる事こそが幸せの本当の醍醐味というものである。  

 幸せの自覚は大事である。幸せの自分流の基本軸を創る事である。明日を創るのは、幸せ観の拡大と達成意識である。

 必ず明日はやって来る。そして明日の絵を描くのは今日のあなた自身の心である。

観相学入門・その13

 観相学大家・中村文聡翁(康秀編)

 皮膚について・顔面相

 身体の皮膚で見えるところは顔と手だが、厚い皮膚のほうが良く、薄いのは良くないとされている。皮膚は情の厚薄と関係しており、皮膚の薄い人は人情にも薄い。皮膚の厚い人は人情にも厚く面倒見が良い。大義名分を誤ることがなく、また生命力が強く長命の人が多い。

 女性で皮膚が厚すぎるのは、後家相の一つである。これは、多少キメが粗くて、やや厚く見えるといった状態をさしている。男の面皮であり、これで骨格もしっかりして顎が張っていたり、目鼻が大きく強い印象の場合は確率が一層高くなる。

 平常はなんでもないのに、時々脂ぎったような顔になる事がある。一つは倒産の前や、失職の事がある。もう一つは、大病に罹る前兆である。(俗に光沢が良いというのは、脂ぎって光るのとは異なるので判断を間違えてはいけない)

 皮膚が煤(すす)けていると、顔面が曇り、光沢がなくなってくる。この時は運気が衰微する兆候で、見ているうちにますます煤けてくるのは、一段と衰えてくる相である。衰えれば本人は焦ってきて、いよいよ運気が衰亡に向かうので、こんな情況では、落ち着いて焦らず晴れ晴れとして愉快な心を持つ事につとめれば、顔の血色も良くなり運も回復してゆくものである。

 顔の皮膚の色がいつもと違って急に変わってくる事がある。赤く、青く、黄色く等、どんな色に変わっても、大病に罹る前兆か、大難が来る時である。

 顔面諸相

 鼓皮面(こひめん)・・・太鼓の皮を張ったようにシワがなく、艶があってテラテラと光り、まるで湯上りのような顔をした人。これは孤独相の一つであり、子供に縁がなく、配偶者も変わりやすい人である。皮膚も薄く、情味に欠け冷淡な気質ゆえの事であろう。

 橘皮面(きっぴめん)・・・みかんの皮のように粗い皮膚で、色味が白ければ薄情者である。色味が赤銅ならば、親分気質の人で情も濃い。(ケーシー高峰氏がこの例である)

 梨地面(なしじめん)・・・梨の皮面のようにザラザラした感じで、一時的に出る場合が多く、顔全体とか鼻の周りに、毛穴がボツボツ黒く出る。そういう人は現在金銭上の問題で大変な苦労をしていると判断する。昔は芸者や酌婦に多かったと言われる。目の周りが梨地の人は、男性なら、女性問題で苦労させられている状況。女性は滅多に見られないが生活困窮の事が多い。顔面全体に出る時には、事業の失敗の前後、勤め人は失職の問題がある時である。

 桃花面(とうかめん)・・・顔一面が非常に血色が良く、桃の花のような皮膚で若々しく、皮膚も薄い。こういう人は、物事を誇張して考える傾向で、ちょっと具合が良いと、素晴らしく良いように話すし、少し悪いと、まるで谷底に落ちるように悪く語り始める。良否を極端に感じる人であり、若い時代は機敏に対応するので重宝がられもして、幸運にも恵まれるが、中年以降から運気は衰退し、零落の境涯となる事が多い。悲観のあまり自殺する人間もいる。

 郎君面(ろうくんめん)・・・のっぺりしているが、人形のように目鼻立ちが整った端整な美男子であるが、音声にあまり力が無いのが特徴。悪人ではないが、孤独相で、つかみ所のないような意気地の無い相である。音声に力があれば少し成功するが、大体においてあまり運勢は振るわない。


 さりげなく顔色や皮膚の状態を見て、観察すれば、納得の場面もありましょう。

 

閉塞状況

 突如やって来る閉塞の恐怖。そして守護霊の助け。

 昨夜の事。久々に出張の仕事で相談室を空け、午後九時半過ぎに新宿駅より京王線特急に乗車する事になった。いつも出張の時は午前様になるのだが、今夜はいくらか早く帰宅できると喜んでいたのだが、笹塚駅手前のトンネル内で急停車となってしまったのである。車掌のアナウンスで、「明大前・笹塚間の踏切で列車と乗用車が接触事故を起こし、現在視察調査をしております。暫く停車いたします」と来た。

 すぐにも動くだろうと、混んだ車内でまんじりとも出来ない情況で踏ん張っていたのだが、次々に流れるアナウンスが次第に事の重大さを告げるようになり、乗用車が列車の下に潜り込んでいて、すぐには外せないという大変な情況になっていったのである。およそ一時間、立ちっ放しで脚も攣りそうな状態でフラフラになってしまった所で、「事故列車は脱線している模様、修復は不能ですので今夜の運行は全面停止となりました。この列車は笹塚駅まで入って、乗客の皆様は、係りの人間の指示に従って降りて下さい。振り替え輸送等で帰宅時間が大幅に遅れると思われますので、ご自宅には携帯で早急に連絡されますようお願いします」

 とんでもない情況に遭遇してしまったのである。乗客はみな揃って当惑の極地。しかし意外に皆、騒ぎもせず事態の推移を受け入れている。

 笹塚駅で降ろされ、新宿方向に行く列車が最期に運行されるという事で乗り換えたのだが、これが、結局運行停止となり、皆駅の外に放り出される事となったのである。

 途方に暮れつつも、何とか帰宅の方法を考えなくてはいけない。駅前の大通りは、鈴なりの人又人。タクシーは全て乗車済み、停まる車は無い。もうなすすべも無くウロウロするばかり。だが、程なくして、渋谷行きのバスが忽然と目の前にいて、すぐにも乗車が出来て、何と一番乗りが叶ったのである。乗れずに呆然とする人々を残してバスは発車。この際、祐天寺まで戻り、相談室で寝るかなどと覚悟したのである。動き始めて、このバスが代々木上原に停車する事を知り、小田急で狛江まで行き、そこから自宅の調布までタクシーかとプランが浮かび、上原でバスを降りたのである。不思議な気分になったのだが、何か事がうまく運ぶ感じになりホームに急いだのである。そこで、列車はまさに扉が閉まる瞬間に飛び乗る事が出来、あとは運まかせである。

 狛江に着いたら、ここがまた凄い人の波。タクシー待ちの人でごった返している。もはや運の尽きか、と思っていたのだが、ここで振り替え輸送のバス「調布行き」がやって来て、何十人も並んでいた所、後ろ扉が開き、すかさず飛び乗る事が叶ったのである。乗れずにがっかりする人々を残して発車。この場でも、これぞまさしく天恵。不幸中の幸いとでもいうものか。何かに助けられた確信があった。思わず守護霊などという観念がよぎったものである。遅れた事実はしかたないとして、振り替え輸送の最短に与ったのである。感謝。

窓に雨音

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春の雨

シトシト優しい雨音

静かに流れる時の音

心に溜まった切なさや哀しい思いを

雨と共に流してしまえばいい

優しい春の雨

相談室探訪・実占篇

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白蛇の祟りの占  平成14・11・5 占断

 およそ七十年前の話である。相談依頼人の母親の実家での事である。一族の度重なる悲惨な情況が、古い過去の出来事から起きている筈と告げる母親からの代理占断を長男より求められたのである。

 かつては、広大な土地を所有、**空港付近の大地主が実家である。かなりの隆盛を誇った一家であったが、現在では、所有地も殆ど無くなり実家は衰亡して絶える寸前であると言う。
 
 七人兄弟であったが、既に皆、変死怪死を遂げており残っているのはこの母親ひとりである。階段から落ちて死んだ者、首吊り自殺を遂げた者、呼吸不全で窒息死した者、難病に罹り亡くなった者、いずれも天寿を全うする事無く逝ってしまったのである。

 甥や姪も数名残っているが、精神疾患になっていたり、病気がちだったり、壮健で栄えている者は一人も居ない。

 本家では嫁いできた嫁の奇行があり、不思議な行動を取っており皆心配しているのだが、その原因を案じているのが、この依頼人の母親なのである。

 その嫁の行動とは、夏の暑い夜に家宅の外廊下に布団を敷いて寝てみたり、しばしば木によじ登ったするらしい。

 過去の出来事というのが、本題なのであるが・・・
 里は古い家で、広大な土地に大きな屋敷があったという。その家の納屋にいつしか白い蛇が棲みついて、相当の大きさになっていたという。

 屋敷に棲む蛇は守り神と言われ、ましてや白蛇となれば、敬い大事にすべきものであり、絶対に冒してはならない存在である。しかし、いたずら心を起こした兄弟がこの蛇を捕まえ、なんと殺してしまった上に食べてしまったというのである。果たして、青大将が変体した白蛇と思われるのだが、食べて旨い筈もないのだが、その情景を母親はいまだに克明に覚えているらしい。

 そこで、白蛇の崇禍(すうか=祟り災い)を占断したのである。
 卦は火沢睽変沢水困を得る。

 果たして、様々な一族の凶事がこの蛇の祟りによるものか?

 崇禍の占ゆえ、用神は官鬼であるが、蛇を表す十二支の巳が卦中にあれば、その情勢を観るべきである。卦中には巳が両現(二つ現れる)しており、月墓の動爻である。初爻は動いて寅の官鬼を化出している。鬼に連なる巳であり、間違いなく崇禍があると断定してよい。朱雀が臨み火の象で激しい怒りの情を示している。又、上爻の巳は未の兄弟を化出しており、蛇が兄弟に連なっている象であり、蛇の崇禍が兄弟めがけて起きている事を表している。

 五爻では、未兄弟が動き酉の子孫を化出。子孫の星は災厄を消滅せしめる鬼殺しであるが、残念ながら空亡である。さらに日の支である丑から冲を受け、酉子孫が空亡ゆえに崇禍を免れることができなかったのであろう。

 五爻には子妻財が伏して(隠れている)いるが、日の丑と合しているが剋の合ゆえ、嫁も崇禍を蒙った事を表しているようである。

 いずれにせよ、未兄弟が妙な動きを示しており、蛇の祟りを呼んだのは間違いない所である。

 世爻を依頼人の母親として観ると、酉子孫が臨んでいる。空亡ではあるが、月日の戌、丑の土行から生じられており、災厄を免れている象となる。母親は、決して蛇の惨事を忘れる事無く、日々欠かさず手を合わせているそうである。心が通じているのだろう。

この霊障について、科学的に考察するなら、蛇の怨念というものが一体いかなるものか? という大きな疑問にぶつかるのである。脳生理学的には、蛇の持つ脳など極小であり、記憶細胞などというものが果たして存在するのかである。何故に崇禍が発生したのか、「事実は奇なり」で実際悲惨な霊現象に見舞われた一家の現実がある訳であり、思考を巡らせてもよく解らないのである。死すれば霊体となって別存在となるのか、さもなければ、動物霊を仕切っている神霊が怒って成敗するものなのか。究極の疑問である。

希望・燃える心

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立ちのぼる陽春の光の中

鮮やかに 艶やかに 匂い立つ花

想いが届くまで

燃えてみよう

明日も晴れる

春の歓び

シンクロ二シティー・共時性

 現象を操る精神感応

 ある人を思った瞬間に、その人から電話を貰う。お互いに気が走る魂の共時性という現象である。テレパシーとか、霊的感応とかといった概念だが、誰しもが体験する不思議感覚である。身に起きる現象を実は、時間差で感知している脳の中の出来事である。次元層のタイムラグといったものかも知れない。こんな情況がしばしば起こる人は、感覚が鋭敏に出来ているのだが、反面想念世界が強い人であり、知らず思いを発した瞬間に様々な錯誤現象を引き起こしている事を自覚するべきである。事物や現象を心がどう捉えるかで、認識プロセスに妄想概念が混入している場合もあるのである。

 既視体験や、既知体験というのは、物事が強く認識された瞬間に時空のズレが出て、以前に感知した事が再現されたように錯覚する現象である。これも鋭敏な感覚の所産である。

 客観的現実であるのか、主観が引き出した疑似体験の現実であるのかが、問題となる。たとえば「念で人を殺せる」と言う人がいる。これまで随分こんな事を言う人に出会ってきた。

 「私がこの人は嫌いだ! 居なくなれ、死んでしまえ! とちょっとでも念じたら、相手は、必ず凶事に見舞われたり、死んでしまう事もある」と断言するのである。

 実際にそんな情況があったのは事実であろう。巷の陰陽師が、念力で人を成敗するのである。確かに殺してしまいたいと思う程の想念は、怨念や呪詛に近い究極の邪悪な想念であるに違いない。しかし一時の怒りの念だけで人が簡単に死ぬだろうか?

 人を呪い殺すには絶対無二の確固たる憎悪の信念が無ければ達成できないものであるし、刺し違えて死ぬ覚悟、つまり人を呪わば穴二つという、自らも墓穴に入る気持ちになって、やっと叶うかどうかの問題なのである。

 世の中、いやな奴、死んだほうがいいと思われる輩も沢山いる。そうした人間に凶事が発生した時に、「あれは、自分の掛けた念が現象化した」と錯誤認識して思うだけの事が殆どであると解釈すべきである。

 人が死ぬ時は寿命が来て死ぬのであって、人様の呪い想念で殺される訳じゃ決してないのである。たまたま、「死んでしまえ」と念掛けした直後にその人間の死期が符号したに過ぎないのである。或いは、人から忌み嫌われる個性の人は、もとより自ら命を縮めるような悪想念に傾斜しており、魂の真我が自らを成敗するという魂意識の自死があるのである。

 そんな話の時には、いつもこう答えている。
 「あなたが嫌う人は、もとより誰からも嫌われる問題人物でしょう。いろんな人から、その人は恨まれたり憎まれたりしている筈、そして本人自体がいつも邪悪な思いで生きているんでしょう。そのストレスも大変なものがある筈。心が乱れれば、身体も無事ではいられない。邪念でガンにだってなってしまうものです。血圧も、心肺機能もボロボロ。人は怒りや心配の念で簡単に胃潰瘍にもなってしまうんですよ。さらに進めば胃癌ですよ! 神経異常になっていれば、反射機能も麻痺して、走る車を避ける事も出来ない場合もあるでしょう」

 念の作用というより、想いや感情領域の不全が起こすストレスが、人生の凶現象を発生させると考えるべきである。

 もっとも「念」という字は「今の心」の合成文字であるから、心のあり様こそが、大事なのである。

 凶事のシンクロ二シティーを引き起こさぬよう、いつも心の管制を怠らぬ事が肝要である。

胸に熱情 心に花

20060401140016


咲き誇る花達

優しい陽の光に照らされて

跳び、はね、踊る

何も思わず

何も考えず

ただ一心に

こみ上がる生命の息吹き

ただひたすらに

春の歓び
プロフィール

鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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