運気の変わり目

 マイナス運気が抜けたのに・・・

 低迷運が終わり、いよいよ新たな展望も開ける発達運を迎えた筈なのに、ちっともいい事もなく、心が変わっていく感じもしない。これじゃ、運命学も信じられない。

 そんな思いの方々が大勢居られる。二月立春より、暦も新たに、「さあ、今年はバッチリ決めるぞ!」と決意したものの、はて、さっぱり新機軸も立たない。「占いじゃ完璧な発展運なのに、どうして?」と逆に落胆する人も多い。

 この季節は、そんな混迷バージョンの発生する時なのである。さて、その理由について考えて見ると、答えは実に簡単なのである。

 低迷運を過ごした人は、低迷なるがゆえに、心身ともに疲弊しており、平常値のレベルになっていないのである。マイナスの残留思念に囚われていて、未だ新規に動き出せる情況に到達していないだけの事なのである。

 ちょうど、病人が長患いをして、ベッドに寝たきりの様を考えて見れば解ると思うが、病いが回復して、ベッドから離れても、すぐには歩行も出来ないのと一緒なのである。

 脚はふらふら、真っ直ぐ歩く事も叶わないのである。
 運気回復の期もこれと同じ情況であり、いきなり駆け出すのは無理というものである。それなりの歩行訓練もして、食生活も戻し、リハビリ期間を設けてから現状復帰を果たす訳である。

 すなわち、今の季節は運気のリハビリ期と理解すべきなのである。しかしずっと幸運期を継続している人は、変わらず走りこんでいるので、そんな様を垣間見るにつけ、心は焦るばかりとなる。しかし自分はまだその領域に居ない事を自覚するべきなのである。

 このあたりの運気のカラクリが解っていないと、かなりトンチンカンな場面となり、いたずらに占い師も信用を落とす事になる。

 「今年は画期的にいい運気ですよ!」と告げる時に、クライアントがこれまでどんな情況に居たのかを推求しないと、実際の運気転換地点の読み取りが出来ない事となるのである。人の運とは、台風の後の快晴なんて事にはならない事を知るべきである。

 占断結果に良いものが出たとしても、実現のプロセスがいかなる展開となるかについては、深い読みが必要なのである。尋ねる側も、答える側も、暦の組み合わせだけで、運命を語るだけでは、人生の実像は見えてこないのである。

 問題は生きている当事者の現実であり、運勢論は、活動、躍動、休止、停止など静動緩急の生体リズムだったり、人生を彩る内外の環境的推論なのである。この勢いの強弱については、個々人の現実情況を掴んで、時を把握しなければならないのである。

 良い運気は必ず自分を活かせるタイムテーブルなのであるから、実態を見ながら、焦らず自分と向き合っていけば良いものと思われる。先ずは運気を復調モードにしてから、先の発展プロセスへと徐々に移行する事を心がけるのである。

 一気呵成に幸運の達成領域を目指せる程、エネルギーが無いと自覚して、ゆっくり本当の運を掴むよう考えれば良いのである。運は向こうから来る事は無い。自分が引き寄せるのだから、しっかり自己対話をすれば、自ずと答えが出るものである。
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花曇り

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窓から眺める景色

咲いて花散る桜の寂しげな佇まい

華やかさにひそむ儚さを

桜は抱いて散っていく

春の息吹きの中で

流れる静寂の時

吉凶動より生ず・動く心と体

動いてみてこその運気

 何も心を捉えるものが無い。ただ日々を無為に過ごす。いたずらに時が流れていく。淡々と、平穏と言えばその通りだがまるで捉え所が無い。

 久々においでになった三十才、女性のお客様。「もう傷つきたくないから・・・」過去の恋愛のトラウマなのだろう。自分を理解し生かしてくれる相手がこれから現れるなんてどうしても思えない。古傷を背負ったまま、縮み込んでいるのである。仕事も生きがいにはなっていない。生きるテーマの喪失である。希望を失っているのだが、本人にその自覚も無い。

 生きていれば、傷つく事もある。しかし喜びもある。動いていれば、いろんなものに出会う。出会ったものから心が刺激を受けて新たな想いが創られていく。

 そんな話をしたのだが、反応は、今ひとつ。感情が動かないのである。感性を鈍化させる事で自己防衛を果たしているのである。無感動の心理構造は傷も感知されないからであろう。普通に生活しながらも、心は引きこもりを起こしているのである。こんな情況にある人たちが潜在的にはかなりの数にのぼると思われる。愛の不毛概念に取り付かれた、悲しい病いである。

 身体機能も低下して、あたかもプチ更年期かといった情態である。運気が低迷しているのだが、低迷の原因が心にある事が理解できぬ程、体も疲弊しているのである。

 顔色も冴えない。血の濃度にも問題がある。こんな情況ではいくら心を作り直せと言っても、まるで受け付けないのである。頭も身の内であり、思考を操る脳神経系統がフリーズしているのである。愛を感知する扁桃体も働かないのである。

 色心不二。すなわち心と身体(色)は一体不離であり、心を病むと身体の機能も不全となる。両面の修復が大事になってくるのである。程よい運動と食生活の改善、朝日に浴びる事。前向きになれる身体機能の回復とポジティブな思考訓練が必要なのである。

 吉凶動より生ず。動いて初めて運気が発動するのである。体は心の入れ物、器である。思い切り動ける心と体を創る事で人生を創造することが叶うのである。

愛が人を生かし、殺す

 愛情破綻は、人生最大の苦悩

 古い話だが、青年実業家が、多額の負債を抱えて事業倒産の情況となった。原因も理解して、潔く身の始末を整える覚悟をして、今後の展望などの相談となったのである。恋人か、或いは愛人らしき女性を連れ立っている。

 「今から三年の後、後援者にも恵まれ起死回生の運となるので、絶対に諦めないように」

 そう告げると深く頭を下げ、隣の女性の手を強く握り締め、「有難うございます。精進して、必ず返り咲きます。この人も付いててくれるので頑張ります」胸を張り、輝く眼差しで、そう答えたのである。かなりの情況ながら、この人の表情に曇りが無い。むしろ、晴れやかに新たな決意を感じさせる風情であった。

 女性は、会社の秘書として雇い入れ、ほどなくして愛し合うことになり、不倫関係となったものである。だが近々に離婚して、妻に迎える約束をしているという。そんなさなかの事業破綻で、女性も複雑な胸中である。

 三年が経過して、又この男性が一人でやって来る。さて、結果がどう出たのか? その表情からは、思ったほどの成果がなく、行き詰ったような印象を受けたのである。

 「おっしゃる通りに、事業は再建出来ました。有力な後援者の助けで、債務を肩代わりして貰い、別の資本投下にもあずかり、三年と言わず、たった二年で乗り越えました」

 倒産後に、すぐにも世情はバブル景気を迎え、時代に助けられた形となったようである。しかし、それにしても、表情は暗く沈み込んで、今にも消え入りそうな佇まいなのである。

 「実は、事業再建も叶い、財政不安も無くなって、離婚手続きも無事済んで、いよいよ、彼女を迎える段取りになったんですが、当の彼女から別れ話を突きつけられたんです」

 眼は落ち窪み、頬も削げ、皮膚もぼろぼろになっているのである。苦難を一緒に闘ってくれた彼女だと言う。幾度も勇気付けてくれ、寝食を忘れて尽くしてくれたそうである。

 燃え尽きてしまったものか? 
 やっと手に入れることが叶う妻の座を、その瞬間に放り出してしまう彼女の心情がまるで理解できないと悲嘆に暮れているのである。

 「もう何も希望がありません。一体何のために頑張ってきたのか・・・」

 どう占断しても相手の決意は固く、復縁の可能性は皆無であった。愛人という立場だからこそ、愛せたという、屈折型の愛情パターンであったようである。さらに、落ちた人間を勇気付けるための献身愛の人だったのだろう。事が終わって平穏な日常では、満足しない質(たち)の人間なのだろう。

 良い事と悪い事が同時に重なった瞬間である。
 その後、どうなったか?

 一年経って、やって来た時には、もはや事業経営からは手を引き、ただの勤め人になっていたのである。すっかり精彩も無く、十歳は老けた印象となっている。離婚した前妻と復縁したそうで、子供もあったので一家は丸く収まったと言う。何度も自殺を試みたが死に切れなかったとポツリと告げるのである。

 愛が人を生かした。されど、愛が人を殺してしまう例である。人は愛を食べて生きる動物。愛が起こす悲喜劇である。

春爛漫




桜咲き一面に春模様

新たな息吹の中で明日を創っていこう

風に舞う桜花

散る花に 写る人の世の様

燃えつきて落ちゆく花吹雪

後には若葉燃え新緑の芽吹き

そして新たな生命の蠢動

さあ 歩きだそう

セルフイメージの創り方

 自分意識をどう高めていくかが、運命の分かれ道

 物事には全て定律、反定律がある。気質や性格においても利点になったり、欠点になったりするのである。「独立心が強い」という場合では、組織的な連携に不適合という反対概念があったり、「素直、温和」については、「優柔不断、付和雷同」という概念になったりする。「素早い決断力」には「粗忽、早とちり」の裏がある。「自我個性が強い」のは、「ただの我がまま者」と評価されたりするのである。

 自己評価をする時も、気質を利点として考えるか、欠点として認識するかで、生き方が変わってくるものである。
 人にはそれぞれ固有の気質性情があり、千差万別である。 問題気質というのもあって、人間関係がもつれるばかりの厄介な人も決して少なくないが、究極、自分らしく生きるためには、自らの気質や個性については、先ず利点としてイメージしてみる事である。これはいけない、これはダメと自己否定が先行すると、行動も萎縮して、なにをやってもうまく事が運ばないのは自明の理である。

 「排他的で心が狭い」という特徴を持つ人は、個人主義で得手勝手という定義にするのではなく、自己対話に優れていて、自分と向き合う空間で達成領域を手に入れると解釈して、ますます自己研鑽に励み一芸に秀でる人生を模索すれば良いのである。

 「人の意見に振り回される」人は、自分のポリシーが持てない意志薄弱と理解するのではなく、先ずは他者の意見を受け入れ充分吟味する学びの心と解釈して、情報知識のインプット機能が備わっていると考えれば良い。さらには、様々な意見の中から真実を見極める柔軟性と定義するのである。人と人を繋ぐパイプになったり、他者の意見の伝達役となって大いに外交的天分を発揮すれば良い。

 「意気地が無い」のも危険察知能力となる場合もある。或いは、痛みを知っている人で、弱い心を癒せる優しさを持っていると考えれば良い。

 「おせっかい」と「世話好き」も紙一重の概念だが、自分意識がプラス思考となれば、悪想念が排除される事となり、そうそう人から疎んじられることもないものである。

 他者に投影される自画像が運命を操る大きな要素であるが、自己卑下からでた屈折行動は、かなりマイナス波動となって人生を曇らせていく事になる。

 性格は変えようがないのだが、その特質の良い面の発動を心がけるならば、運気も良化されていくものである。

 先ずは自分を知る事。知った上で、その特質を生かす方向付けを考える事である。もっとも、どうしても解らない、自分が何者かが見つからない人が沢山いるのも確かである。解らない時には、関わる人々に問いかけてみれば良い。

 自分では気づかないとんでもない自己と出っくわすかも知れない。人の評価もいろいろで、関係性の力学で複雑な多面体の心が散見するものである。

 そんな中から自分らしさを創り、プラスイメージで周囲に自分を投げかけて見るのである。はっきりメッセージとして自己表明までいけたら対人関係も好転していくはずである。セルフイメージは、明確な気質概念の構築とその良い面の絶対解釈である。

もっと深く隠れた個性についても知りたい人は、命理学や観相からもアプローチできるので、是非一度我が相談室をお尋ね下さい。よろしくです。

観相学入門・その12

 観相学大家・中村文聡翁(康秀編)

  唇の色について。

 唇の色が青白くて、あまり赤味のさしていない人は、特に婦人に多く、貧血症である。活力に欠け愛情も希薄になりやすい。性的にも淡白だったり、未発達の傾向で充分な満足を得る事が出来ない。

 唇の色がどす黒い感じの人は、好んで肉食をする人に多い。好戦的で情熱的ではあるが、感情的激発もあり、問題行動も起こす人である。野菜食を多く取る人の唇の色はきれいであり情緒も安定している。

 紅色の唇の人は、愛情に対して積極的である。昔から芸者や酌婦は唇に紅をつけ目尻、耳朶にも少しあしらうが、非常に魅惑的になる。これは人相の重要部位であり、人が情欲を感じる時には必ず耳朶が赤くなるし、恋愛で心が燃える時には目尻が赤くなる。唇もポッテリとふくらみ赤味を増すのである。口、目尻、耳朶は官能サインである。もし、唇が赤くなく、耳朶だけが赤い場合は、発熱している証拠である。風邪で熱のある時には耳だけが赤くなっている。恋愛か、ただの病気かは気をつけて見れば解るものである。

 唇について

 唇の薄い人はおしゃべりである。井戸端会議の議長格である。ペラペラとまくし立てるようによくしゃべるのである。

 唇の厚い女性は、見たところはあまり美しいとは言えないが、愛情豊かで包容力があり、面倒見が良い人である。

 上唇が厚すぎる人は、愛情的に多少変質的である。上唇は与える愛情と言われ、こんな人は愛情過多であったり、奉仕型も度を過ぎてマゾ傾向を帯びたりする。逆に下唇が厚すぎる人は、受ける愛情が強い事になり、我儘な求愛行動となったり、性的にはサド傾向を帯びたりする。

 上唇がまくれ上がっている人は、子縁が薄く、又物質運にも充分恵まれない。

 火吹き口(尖って前に出る唇)の人は、運勢的にも不幸で金持ちにはなれない。見るからに貧乏臭くセコイ印象であり、こせこせして落ち着きも無く愚痴っぽい人が多い。

 唇を強く結んだ人は、緊張した状態を続けている事になり、生活も張り詰めたものになっている。決して幸福という訳にいかない。我慢が顔に出ている印象で、寡黙な人が多い。話し出しても堅くきつい言葉になりやすい。境遇が変われば唇もゆったり弛緩して和気を醸してくる。

 受け口の人は交際すると親切ではあるが、必ず何処かに自己主義的な考えを持っている。自分一家の幸せだけを願う人が多い。

 唇に黒子のある人は、食べ物に執着が強い。貧乏していて家族が困っていても、自分ひとりは日々贅沢な食事をする。食道楽であり、何処においしいものがあるかを良く知っている人である。

 海角(口の端)がただれている時には、胃腸障害を起こした時で子供に多いが、食べ物に注意すれば治る。

 への字口の人は、不運であり、絶えず不平不満が多く、周囲からも敬遠される人である。しかし、力のある時は成功する事もある。

 海角が垂れ下がっている人は、左右に関わらず人からの恨みを買う人である。いかにまじめな顔をしていても行いや心情に残酷な所があったりする。
 海角の右が垂れ下がっている男性は、女性からの恨みを買っている。左ならば男性からの恨みである。女性の場合は、これと全く反対であり、右が下がれば男性から、左が下がれば女性からの恨みを買っていると判断するのである。

唇に縦筋の多く入る人は、歓待紋といってサービス精神旺盛で人に尽くし、世話好きで、料理をもてなしたりする事を好む人である。

 どういう唇の形が良いのかというと、上唇よりも、下唇のほうが比較的厚いのが良い。また白紙三枚をくわえて落ちない程度に軽く結んだくらいが良い。海角は上がり気味で微笑んでいるように見えるものが良い。

幸せの光の中

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キャンドルライトに浮かぶ二人

とこしえの愛を誓って見つめあう二人

人生の華舞台

この深い感動を胸に刻み

辛いとき 哀しいとき そして困難にぶつかり苦しみもがくとき

きっと思い出して欲しい

この日の感動が心に残ってるかぎり
どんな苦難も障害も

きっと乗り越えていくだろう

確かな愛 そして信頼

きっと豊かで揺らぎのない未来を創っていくだろう

仄かに 優しく いつまでも絶やす事なく灯すキャンドルライト

心に灯す光よ
永遠なれ

我が友・高浪隆一君。友紀さんと結ばれる

観相学入門・その11

 南北相法・水野南北居士(康秀編)

 鼻について

 鼻は中央に位置する君主である。故に自分の体を司る。

 鼻が低い人。中央の君の位が低いのと同義であり、心も低い。自尊の念も乏しく下位に甘んじる人である。愛嬌があって誰からも好かれるが権威性が無く、心も小さい。貴人に鼻の低い人は少ない。もし貴人でありながら鼻が低ければ、おのずからその心が狭量で下賎のため、地位を全うする事が出来ないものである。

 鼻が痩せている人は、その身体も豊かでなく、大業を達成できない。苦労も多い。

 鼻が豊かで長く見える人。必ず身分相応の福運に恵まれ、又心が豊かなので、ゆったりとして人生を送り長命である。徳もあり、人の世話もよくする人である。

 鼻が短く見える人。短気で小事に拘り、身分も上がらず、こせこせして生きる人である。短命となりやすい。

 鼻に欠けたところのある人。必ずその身分に欠けたところがある。又、子孫に恵まれない。

 鼻が小さいのは、低いのと同じく、心が小さく志しも低い。苦労多く報われる事が少ない。

 鼻が顔に応じて肉付き豊かな人。運が強く相応の福運に恵まれる。

 鼻が高くて、肉付きが薄く鋭く見える人。計画した事が思うように運ばない事が多い。子供やその他肉親縁が薄い。
 鼻が痩せて骨が見え先の尖っている人。親の家を継がず、その家を乱す。又気位が高く高慢な人間で我が身を苦しめることが多い。又、鼻が小さく肉薄く先の尖っている人は子に縁薄く苦労が多い。

 鼻の先が俯く人。物を粗末にする事無く始末が良い。したがって天の理に適って一生食べる事に困らない。しかし内面は心賎しく、吝嗇(ケチ)であり、人望に欠ける。

 鼻に皺のような縦筋の多くある人。苦労多く、子縁が薄く、身分の安定が遅い。

 鼻が格別に大きく高い人。妻子の縁が薄い。子があっても折り合いが悪く頼りにならない。又一生に一度は大きな破綻に遭遇する。鼻が高くて顔の周辺の肉が薄くそげた感じのする人。気位が高く、排他的であり、人に嫌われる。妻子の縁も薄い。妻縁は一度では納まらない。

 小鼻がそびえている人。運勢が強く、危難に遭遇しても逃れ得る事が多く、たとえ落ち目になっても人から助けられる。貧しくなっても決して極貧にはならず分相応の福運に恵まれる。

 小鼻がないような人。運勢が弱く孤独であり、身内からの恩恵にあずかれず寂しく暮らす人である。子縁も薄い。

 小鼻が目立つ人は、衣服を好みシャレ者である。衣装持ち
である。小鼻が無いような人は、衣服を好まずシャレッ気がない。いつも簡素な服装で平気である。

 鼻が豊かで長く見え、小鼻にも相応の肉付きがある人。加えて傷、黒子(ほくろ)も無く見事に整っている場合は、おのずから人に用いられ大業を達成する人であり、家内に憂い、災いが少なく必ず家を起こす相である。鼻は己の身体である。鼻の肉は自分の身体の福分であるから、その肉が豊かなのは身体が豊かで強健であり、福運に恵まれるのである。又鼻は中央の君主である。傷や黒子もなく立派であれば、君主として人から重用されるし、災い(傷)もなく長命なのである。

 鼻の中程に横筋のある人。一生のうちに大きな破綻を起こし落ち目となる。ただし、この横筋は自然に出来たものを言う。洟をかんでいつも上に上げる人はこの筋が出来てしまうので注意。

 鼻が仰向いていて、穴が見えるような人。必ず上に背く。又、郷里を離れて暮らす人である。散財が多い。鼻の穴が大きすぎる人は、気が洩れるため短命となるし、財も散じる。

 鼻が豊かで鼻筋の通っている人。貴人や目上の人と近づきになるのが早い。又引き立てを受ける。下位にいる事は少ない。しかし、顔に愛嬌が無ければ、この限りではない。かえって疎んじられる事になる。

 獅子鼻のように鼻先だけ高くそびえている人。きわめて運勢が強い。分相応以上に福運に恵まれる。善にも悪にも強い心の持ち主である。

 鏡と睨めっこして、鼻と対面してみよう。立派過ぎる人は、鼻っ柱を折られないようきをつけましょう。

墓参りは魂の洗濯

 小平霊園・墓参。お彼岸です。

 ご先祖の皆様方にご挨拶。墓参りの意味するもの。

 今ある自分達は、ご先祖のきちんとした生き方を投影しているものであり、先代、先先代が途中で人生を放棄したり挫折したりがなかったためのものと、大いに感謝の気持ちを表明するものである。我々が健やかでいられるのは、やはり先祖の恩恵あってのものである。激動の昭和史を生きた父親、その前の祖父母の明治、大正、昭和の過酷な歴史の中で実人生を創ってこられた事、さらにはその先代の歴史もあろう。つぶさにその現実を窺い知る事も叶わないが、ご先祖の方々の精一杯の努力に思いをはせ、供養の墓参をする。

 風が強く、砂煙の立つ霊園を歩く。大変な悪条件でどうなるかと思ったのだが、墓に着くと、隣家の墓に木が生い茂り風除けになっているのである。風向きにも助けられ無事墓の掃除も出来、ご先祖への礼を尽くす事が叶いほっとしたものである。

 先祖供養は、先祖のためであると同時に自分たち自身の存在確認の場でもあり、襟を正して人としての道を伝承すべく頑張る気持ちとなる場面である。合掌・・・

 帰りに、埃まみれになったので、迂回して深大寺温泉に寄って、埃と疲れを流す。墓参で魂の洗濯、温泉で体の洗濯と贅沢で充実の一日であった。 

愛を待つ

20060318172106



じっと見つめる私に気付いて欲しい
あなたの微笑み返しをじっと待ってるのです

構って欲しいとは言わない

ただ私がここに居ることを知ってて欲しい

密やかに佇む

じっと愛を待つ

けなげな貴女

こけしのように動かない貴女

でも、じっとしているだけじゃ何も起こらない。何も手に入らない。
自分から求めて動いて愛を掴もうね

写真はこけしの「みのりちゃん」

夜明け前の闇

 今、夜が明ける

 暁の前には深い深い闇の静寂がある
 このまま闇の中に閉ざされたまま、終末を迎えるのかと
 そんな思いに囚われて慟哭するあなた、あなた
 心に一本のマッチを擦るだけで闇は消えるのに・・・

 でも、もし心に灯す火が無かったとしても
 じっと待つだけで陽の光はそこまで来ているのです
 闇はいつしか光にとけて無くなる
 いつまでも泣いていないで、頑なな心を解いて
 降り注ぐ陽の光に身を任せる自分を感じてみよう

 夜明け前の闇はなお一層暗い
 その暗い闇の底から一条の光が差し込んでくる
 暗闇はいつまでも続かない
 永遠の闇なんて無いのだから
 光に包まれ羽ばたく自分を感じて
 闇を過ごしていこう
 もう夜が明ける

観相学入門・その10

 中村文聡翁・水野南北居士(康秀編)

 耳について

 「耳は腎の苗」と言われ、耳を見ると腎臓の強弱が解る。
 五行では水気。智を司る。

 耳が立って伸びやかな人は、智に秀で才知があって物覚えが良い。又音感が優れている。

 耳が柔らかく低い位置にある人は、物覚えが悪く、思考も鈍く根気に乏しい。

 耳が堅い人は、たとえ貧相に見えても貧しくは無い。分相応の福運に恵まれ、動作も機敏であり、危難に遭遇しても免れる事が多い。耳は腎臓の苗であり、耳が堅いのは腎気が強いという事である。腎気が強い時は精神も豊かになり気力も養われのでおのずから運が巡って来る。又、堅いというのは五行では金となり耳が水で、金生水の相生となり吉相となる。

 耳が小さい人は、心も小さい。些細な事に一喜一憂するし、怖がりである。気質は涙もろく情に流されやすい人である。しかし小さくても、立ち伸びているような勢いがあれば、才気に溢れ行動も機敏でしっかりと人生を創っていく人である。男は陽であり耳が大きく、女は陰で耳が小さいのが普通である。ゆえに男で耳が小さいのは、女の形を持っているので、それで心が小さいと言うのである。又、耳は腎気を司るので、耳小さければ腎気に欠けるので、少しの事で驚くのである。

 耳が大きく堅く立ち伸びている人は、決して人の下位につく事がない。才智があってさらに行動が大胆である。相応の福運に恵まれ発展する吉相である。耳は智をかたどる。したがって耳が大きく堅く立ち伸びれば、智恵も大きく強く天に向かっているようなものであり、その身に智徳があると言うのである。又耳は腎気であり、勇壮な耳相の人は精力旺盛で、おのずから気力充実して五臓六腑全てが健全である。才智と肉体力で生きれば、福運を手に入れるのは自明の理である。人を愛する徳心にも富んでおり、衆望を得る事となる。

 耳たぶの大きい人は、心が豊かである。福耳と言われるが、大きな出世をする人でもない。才に乏しいからである。財運が必ずしも良いわけでもない。ただし、面相が鋭く心賢い人の場合は才もあって出世する事がある。

 耳たぶが無いように小さな人は、心に落ち着きが無く、小事に拘る所があるが、才能には恵まれ、特異な分野で成功する可能性がある。耳朶がなく耳が上に引っ張られたように見える人は、財政上の苦労がいつも付きまとう人で、借金に悩む人生である。さらには、散財相でもあり、金銭管理がズサンなのである。

 耳の色が黒ずんでいる人は、腎臓機能に問題のある人で、治療に専念すべき状態である。この期が過ぎ、そのうち顔全体がむくんできた時に慌てる事になるが、もはや手遅れになる事が多いので注意が必要である。
 耳の色は、顔の色よりやや白く、ちょっと桜色がかっているのが最上である。

 情欲をもよおすと耳朶が赤くなってくるが、これは、腎気の影響である。耳が赤い人は、感情も強く、血流も旺盛な人である。色情も強い事となる。

 余談だが、耳の小さな老人を見かける事が少ない。耳と長寿は関係するように思われる。長生きをするにしたがって耳が大きく長くなってくるようである。又、耳穴に毛が伸びる人は、中年以降の人なら、長寿のしるしである。 

真実を見つめる目

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心を澄まして、じっと見つめてみよう。

あなたを温かく包む人達の微笑みが見える・・・

あなたの未来に光が差し込み、陽だまりの中に遊ぶ様が見える・・・

背負った過去の、哀しい絵模様が、じっと見つめるあなたの今の心を写して美しい涙の虹模様に変わるのが見える・・・

身に起きる事は心の写し絵だけど、すでに描かれた絵に、心を写して美しい絵にしていくのもあなた。

思いが創る人生
思いが創る自分史
明日を創るのも過去を彩るのも、すべてはあなたの心。

観相学入門・その9

 南北相法・水野南北居士著(康秀編)

 人中について(人中は鼻の真下、口までの間に入る縦の溝)

 人中によって気力の強弱、命の長短、又子孫の有無などを推理する。

 人中が短い人。根気が無く又、心が浅い。涙もろくて感情に支配されやすく、些細な事にも一喜一憂しがちである。人との関係を長く保つのが苦手である。人中が短いという事は鼻の下が短く口との距離が狭まっているため気力を貯める範囲が狭い。そのため気が保てず胆力に欠ける事になるのである。

 人中に締りのある人。くっきりした溝を描くのは、心にも締りがあり、相応の発達をすると共に福運に恵まれる。

 人中に締りが無く溝がはっきりせず平板に見える人。心に締りが無く行動も散漫でとりとめが無い。そのため運も向いて来ず大業を成しえない。

 男性で人中に髭の多くある人。早くに自分の分を知り、望み事を達成させる事となる。ただし物事に気の付かない所が多い。心は豊かであり衆望を得る。人中の左右を食禄と言う。人中の髭が多いのは、その食禄が満たされているように見えるので、早くに足ることを知るの道理が考えられる。貧しい者であっても足ることを知れば心の福者と言える。この相は貧者、富者にもある。

 人中に髭の少ない男性は、自分の分を知る事がないため、目的が定まらず望み事も十分に叶う事がない。ただし、才には恵まれ物事によく気が付く人で重宝がられる。口髭の真ん中に髭が無いのを、奸者と言われ謀り事をする人間と古書にあるが実態は不明である。確かめてみると良い。

 人中が長くて、上唇が歯と等しく並ぶ人は、大変良好な運気を持ち、誰からも尊敬され、人の長となる事が多い。おのずと人から用いられる運命である。もし貧しい暮らしをしていたとしても後援者があったり、他者の助けを得る福運がある。基本的には、物を自由にしたり家を思うがまま支配する事の叶う権力を有する人である。歯は金に属し唇は水に属す。ゆえに歯と唇とが等しく揃うときは、これを「口の相性」という。つまり金生水となって大吉相となるのである。
なお、歯と口は言語の門であるから、大吉であるのは、能弁の人である。又、口は大海であり人中は溝、すなわち水の道である。したがって、人中長く歯と等しく並ぶのは、大海への水の道が通りが良いという事であり、物事が万事順調に進み滞ることがないというのである。

 人中に横筋のある人。子供の縁が薄い。たとえ子があっても頼りにならず、大勢ある場合には老いてからかえって苦労する事になる。人中は気血の通路であるから、子孫を司る。ゆえに人中に横筋があれば、その筋が子孫を破っていると判断し、子縁が薄い事になる。

 女性の場合、人中を膣や産道とも観る。人中が短いのは膣も短いと判断する。幅広きは同じく広いと観る。長短、幅の狭広などで判断するのである。色情相法である。 

近すぎて気付かない友達

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そばに居すぎて気づかない友達。

 実は心底考えてくれたり、心配してくれているのに全然分からない。無視しているのじゃなくないがしろにしてるのでもなく、まるで当たり前のように居てくれる友達だから気づかない。

 誰にもこんな存在があるのでは、と思う。
 時々は思い出してあげよう。関わるものには全て意味があるのだから・・・

 いつも一緒にいるのだから、知らないうちに助けられている事もあるのだから。

 いなくなったら、急に寒く感じる。思えば温もりをくれていた事が確かめられる。そうなる前に気づいてみよう。

 有難うと言ってみよう。そんな友達がきっと沢山居る筈だから。

 写真の子は、いつもパソコンの上に居るチビ太。
 時々画面をきれいにしてくれるお友達です。近すぎて気づかないけど役に立ってる友達です。

幸せは探すより気付くもの

幸せと不幸せ。どこが別れ目?
せつないほどに ひたむきに
はりさける胸を抱きながら
探し求める愛 そして夢
すこしだけでいい つかの間だっていい
より確かな証しが欲しい
りきんでなんかない 焦りもしない そして
気が付けば それは自分の中にある
付いたり離れたりしながらの
くりかえしの幸せ模様が見える
もう探したりはしない
のぞんだものは 全て心の中

幸せは探すより気付くもの



幸せは向こうにあるのじゃなく
自らの心の内より感じるもの
心をじっと見詰めたら
幸せの意味が見えてくる
心に耳を当てたなら
幸せの本当の意味が
囁きかけてくる
生きていることが
それだけで幸せなんだと・・・

{隠れた文を探してみよう}

相談室探訪・実占篇

20060309154805


セックスレス5年・離婚を考える妻からの相談

 卦は両官両財(二つの官鬼・二つの妻財)を得て、夫婦関係では、それぞれに相手を変える形であり、再婚の象となる。互いに別の配偶者を求める事となる。

 世爻を自分(依頼人)とし、官鬼を夫と定める。
 卦中、寅の官鬼が、両現(二つ登場)しているが、世爻に臨み動いている二爻の官鬼を用神と取る。

 「夫の星が自分の場所について居るので、一心同体という事になるのですが、ご主人は貴女にベッタリで、まさか別離を望んでいるようには思えないんですが・・・」

 「そうなんです。いつもくっついて離れないんです。それで困っているんです」

 世爻に臨む官鬼の情勢はというと、玄武が付し休囚(衰弱)で動き午父母を化出している。この父母爻は伏していたものが出てきたものである。寅官鬼は動いても日の申から沖剋されにっちもさっちもいかない混沌状態である。

 父母爻は子孫爻を剋す。子孫は悦楽の星神であり、それが倒れてしまうので、性的な喜びを求める気持ちも萎えており、悶々と思い悩み心を閉ざしていくのである。
 又、父母爻を化出するので、親との関係がベッタリの人間と思えるのである。

 「ご主人には親つき息子の形があるのですが、何でもかんでも親に相談する人なんですかね?」と問う。
 はい、そういう人間です」
 「そこで、ついて居るのは、母親ですよね?」

 伏しているのが午父母、化出爻も午父母、陽爻変じて陰爻となる所から陰を女とするので母親であろうと答えたのである。セックスレスの原因については、おそらくこの母親との関係に大きな問題があるように察せられるのである。

 「母親の事で、何か大きな悩みでもあるんでしょうね」
 悩みの星・玄武もあり、鬱気味の心理状態とも思われるのである。

 「母が元気だった頃には、夫婦関係もとても良く、セックスもうまくいってたし、お互い満足してたんです。でも、あれから五年。まるでダメになってしまって・・・」

 「お母さんに何かあったんですか?」
 「病気で倒れて、、あっという間に亡くなってしまったんです」
 「・・・そうなんですか。ひょっとしたら一緒に暮らしていると思ったんですですけどね?」
 二爻に官鬼が居り父母爻化出して、二爻は宅爻でもあり、家に同居している象なのである。

 「ええ、一緒に居る筈です。死んでからすぐにやって来て、うちに住んでると思います。四六時中気配を感じてますから・・・」

 宅爻の官鬼は家宅の霊障でもあるが、こんな出方をする事もあるのである。

 四爻に戌兄弟が動いて酉子孫を化出している。破財破官が両動すると見て、もはや夫婦関係が修復不能を語っていると理解するほかは無い。

 「未成仏霊との共同生活では、まともな暮らしは出来ない筈ですし、離婚を考えるしかないでしょう」と告げたのである。

 「ですから、もう家を出る覚悟をして、部屋もすでに借りています。来月には私だけ引っ越すつもりです。その時点で離婚します」

 亡き母親の我が息子への盲愛が霊現象となって、二人の仲を裂いたのだが、浮かぶ瀬もないむごい話である。妻の立場の、この女性が浄霊をする筋合いでもないのでここで相談を終えたのである。とても怖い占例である。

相談室探訪・実占篇

20060308170904


女性のお客様来る。
内縁関係の男性との愛情問題を問う。

日月が子孫を作し、さらに世爻(自分)にも子孫(戌)が臨んでいる。今は月破[辰ー戌の沖]だが日辰が同一五行(土)から供扶された子孫では、女にとっての別れ星である所から離別は必至である。相手の男性の用神である官鬼は、五爻に居て、位は得ているが陰爻であり、月墓であり日からも尅され、しかも玄武が付しその上咸池殺(色情の星)まで付いている。その行状を疑うべきである。
二爻には酉の妻財が伏して居て、飛神(表にあるもの)の辰子孫と合している。
そこで相手の男性に隠れたる情交ありと断じたのだが、その通りであった。

男は同じ会社の人間であるが、社外でもいろんな活動をしているのである。
隠れている伏神の酉妻財は月と合しており、又日辰の未から生を受け、さらに飛神からも生合を得ている。子の官鬼を墓に入れる辰に伏すゆえに、この酉妻財の女性を疑うべきである。さて、どんな人かと推理すると、酉は月日の辰未から生じられ旺相となるので年は若いと判断する。又勾陳付しており、性情は素朴でまじめな人、飾りっ気もない人で、悪く言えば田舎者の象である。

何と、付き合っている男性が相手にしているのは、中国からの難民の女性だという。
難民救済の奉仕活動で知り合ったらしいのだが、どうも生来の悪いクセが出てしまったようである。

この事実を知った相談者の女性は逆上しており、相手の男性は海外勤務の辞令が出ており三年間の赴任で出世コースに乗っているのだが、この際、上司に直訴して、失脚させようと思っているのである。世爻(自分)が月破ゆえ、それこそ破れかぶれの象である。

男性は48才、家庭持ち。相談者の女性は43才。
中年期の男女の姿としては少々オソマツな展開である。
この男性の行状を知ったのは、おしゃべりの同僚の女性から、こっそり聞いたものである。三爻の午兄弟(兄弟、友人、同胞)が騰蛇(おしゃべりの星)付し日と合して暗動して世爻を生じるからであろう。

卦は初上空亡(初爻と上爻が空亡)でもあり、全ての占う事柄が駄目な卦象であり、何もかもが凶暗示となるのである。

したがって相手の男性とは、この事件により愛情関係は水泡のごとく消えてしまうはずであると告げたのである。

数年経過して、再び相談者がお見えになった時は、別の男性と付き合っているとおっしゃり、相性診断となったのである。だが何の因果か、やはり不倫バージョンであった。件(くだん)の男性は海外で病いに倒れ会社を辞めたそうである。


 もう十数年前の懐かしい占例である。難民の話もその時代の事である。

相談室探訪・実占篇

20060307161207


妊婦の出産を占う。

妊娠の初期に胎児の無事と出産の無事を問い卦を立てる。

未月丁酉日・辰巳空亡・(7月)
雷風恒変雷天大壮。

妊婦は職業婦人であり、すでに一子があり、今回次子を妊娠し、大いに喜んでいる。

胎児の用神は午の子孫であり、月の未と合している。
問題は世爻に官鬼が臨み日併(おなじ支)して、用神より尅を受けている所である。
余程日常生活に気をつけないと、流産となる怖れがあると告げたのである。

結果は十一月に入り流産となった。
午の子孫が陽爻に臨むゆえ男児と告げたが堕りた子はやはり男児だったという。この卦は包卦であり坤が乾を包むか象でもある。
主たる原因は、仕事を離れる事が出来なかったのと、夫が新規事業を創設するに当たって相当の手助けをし、そのための疲労なのである。

卦が六沖に化してしまうのは、臨産ならば吉なのだが、妊娠初期では流産を疑うべきであり、さらに世爻に日辰を持った官鬼が臨むのではかなり危ない象である。しかも初爻の丑の財が発動して世爻を墓に入れ、髄官入墓となっているのである。又、さらに日辰に臨み入墓するので、日辰壊変と称して凶変を告げるのである。

何故、十一月に応じた(流産)のかは、午の子孫の絶に応じたものであろう。流産の日は丁丑日となり、世爻酉の墓の日である。

世爻が酉官鬼である所から、子孫より尅を受けており、今後の妊娠についてはかなり波乱含みである事を卦が告げており、心より同情した次第である。

人生の開花期

 封印されたように恋の花咲く事も無く生きる人。

 ちっとも辛くなかったと言う。寂しくもなかったと言う。
 ただ、恋をする事がどういう事なのか解らなかっただけと言う。そんな女性が増えている今日この頃。

 独りで生きていくのが、決して大変じゃない。普通に仕事をして友達と楽しんで暮らしている結果、あっという間にこんな年になってしまった。自分のテーマが何処にあるのかも大して考えてこなかった。毎日が充実もしていたんだし、悔いる事なんて無かった・・・

 そんな情況でふと我に帰る。何かが足りない。これから生きる指標が見つからない。何となくじゃなく、揺らぎのない人生が創りたい。そんな思考が始まって、少し慌て始めると、行き着く先は独りじゃない生活圏の模索になっていくのである。つまり愛し、愛される対象を求める所となるのである。

 青春のうねる時代性に恋をして、自らの愛情生活を創造する人と、自分の立ち位置を創ってから、愛情を求めていく人との、様々なタイプがあるのだと思う。

 運命論的には、開花年齢にタイムラグがあって、早熟型と遅咲き型、その中間型といろいろあるのだが、相談例では、遅咲きの人は、かなり厄介な思考の迷路を伴っているのである。いまさら、経験則の無い情況を相手に悟られるのはプライドが傷つく訳で、恋愛のノウハウを知らずに此処まで来てしまった事を告げる勇気も無い。かといって、どういったやり取りをするのか、どう対応していけば良いのやら、といった、根底にある恋愛音痴が邪魔をして、頓珍漢な場面を作り、思いが遂げられない事になるのである。

 究極は男の心が見えない。ケーススタデイが無いのだからまさにヨチヨチ歩きの態である。見かけはもうすでに何度も恋の花が咲き青春を謳歌したかのごとくである。向き合う人との関係でつい、拒否形になるのは、実はただ演じ方が解らないための臆する心なのだが、相手は避けられたと理解して去っていくのである。或いはすでに意中の人が居るように見えていたりする。

 こんな場合は、つとめて正直になる事を勧めている。
 愛を求める気持に素直になってカッコをつけず、ぶつかっていく事が大事なのである。恥ずかしい事じゃない。知らないものは、何処まで行っても知らないのだから、一から始めて頑張るしかないのである。

 女性ばかりではなく、男性も又、恋愛音痴が増えている。
 大事なのは、素直になる事。嘘をつかない事である。
 人生の開花期は人それぞれ。頑張って欲しいものである。

封印を解き放つ

20060306154804

自らの内なる色香を知らない人。

思い切って表現してみる事で、人生の春がやって来るのです。
貴女は気付いていないだけなのです。匂い立つ花の群生を・・・

封印を解き、心に咲く花達を見せるのです。

遅咲きの花だけどその分、爛熟の色香を放つのです。

絵は花繊画(Eli作)

もう一人の私

20060304192802


この人も持ち主に解雇され、行くあても無くホームレスになっていて、わが相談室の部屋の外廊下に呆然と佇んでいたのです。当時私は髪を短くしていたので、自分とそっくりに見え、思わず部屋に招き入れたのです。いつもは本棚の中に居て私の背中越しにお客様とのやり取りを睨み据えているのです。あまり賢い人じゃないみたいで「話が難しいなあ」を連発しています。結構存在感はありますが、実は見掛けだおしで何の役にも立っていないのです。でも不思議に顔が合えば笑ってしまい、妙に気が和むのです。名前は康秀親爺です。よろしくです。

恋の相手選び

 相手を間違えると地獄の罠にはまる。

 お客との対話。
 
 愛情問題でこじれにこじれた情況となって、どう対処してよいのか、混乱の極地を迎え、頭を抱え込む場面となり、吐き出すように・・・

 「一体自分の何がいけなかったんでしょう? 何が間違ってたんでしょうか?」とお客が問う。

 「何が間違っていたかというと、それは、相手にその人を選んだ事です」

 「えーっ! 本当ですか。それってパチンコの台選びと一緒ですね。出ない台で、いくらつぎ込んでも駄目って事ですよね。アー! 俺は出ない台で頑張ってる馬鹿者って事になるんですか?」

 彼のリアクションに驚いたが、さらに例え話が強烈で思わず笑ってしまったのである。しかし、この比喩は言い得て妙。まさに出ないパチンコ台と格闘して、そのうち凄いフィーバー、確変がやって来て、ザクザクなどと自分に言い聞かせながらも、いきり立って玉を打ち込むの図とよく似た情景である。こんな人間がパチンコ場には必ず幾人も居るものである。

 選び方は初期設定で、充分吟味しなければならないという事である。と同時に間違った場合の切り上げ方も問題になる。もっとも、相当につぎ込んだ台にはかけた経費分の執着もあり、又、これだけ入れたのだから、いつかは必ず玉が出る筈と頑なに思い込む所に、すでに罠にはまり込んだ姿を見るのである。

 パチンコ愛好家の皆さん、いかがでしょう?
 経験済みの方は、納得されるものと思いますが・・・

相談室のお友達

20060303141819


寒い冬の夜。集合郵便受の上で凍えるように佇むこの子と目が合ってしまったのです。かわいそうに誰かが捨ててしまったのです。思わず連れて来てしまったのですが、あれからもう何年も経ちます。名前は何のひねりも無い「ワン太郎」です。上に乗ってるのはガラガラポンで手に入れた「コロ助」。この子も三、四年経ちます。2匹仲良くラジカセの所に居て毎日ヒーリングサウンドを満喫してます。よろしくです。

うさぎ追いし我が家

20060302005122
我が家の愛兎です。
七才になりますが元気そのもの。動きのあるものには追う習性があるので、誰でも歩くと飛び付くように追いかけてきます。だから、うさぎ追いしじゃなく、追われしですか。ちなみにうさぎは愛を食べて生きると言われる通り、構ってあげればあげる程、元気になります。逆に放ったらかしにしていると、どんどん心がしぼみこんで身体まで衰弱して、ひどい場合は死んでしまうそうです。とてもデリケートな生き物のようです。犬猫にくらべて、かなり馬鹿と言われますが、愛し方構い方で阿呆な子犬並みくらいには飼い主の心を読み、感情豊かに喜怒哀楽を表現します。本当に可愛い家族の一員です。よろしくです。
プロフィール

鎌田康秀

  • Author:鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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