アールヌーボー
- 2006/02/28(Tue) -
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昔むかしに描いた絵です。硝子板に線画き彩色して金銀の箔を貼り仕上げる箔飾画といいます。
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旅は楽し
- 2006/02/28(Tue) -
 関門海峡探訪

 下関。魚市場にて、魚群も豊富。握り寿司を調理場で頂く。アジが最高に旨い。

 歴史のある街並み。武家屋敷探訪。長府毛利邸に行く。
 毛利家十四代当主(毛利元就の末裔・元敏公)が東京から長府に帰任し、この地に建てた邸宅で、明治31年に起工し明治36年完成。大正8年まで長府毛利家の本邸として使用された建物である。かつて明治大帝が宿泊した部屋も展示され、往時が偲ばれる佇まいである。武家屋敷造りの重厚な母屋と白壁に囲まれた日本庭園の妙はしっとりとした風情を醸し、安らぎの中で時が止まる感があった。庭園には池泉が流れる水を受け、出口が見えない回遊式の造りで不思議な感覚を味わう。

 門司港では、海峡の歴史を網羅するアミューズメントパークに入り、壇ノ浦の海戦やら、巌流島の決闘(武蔵と小次郎)やらの展示を楽しむ。しばし悠久の歴史に浸り、心は戦国の武将の如き趣ともなり、天空を睨んで見たりの我が風情。

 虎ふぐの刺身に鍋、筑豊牛のしゃぶしゃぶも頂き、盛大な宴も堪能する。我が妻の実家でお世話になり、初春ながら余寒を残すこの季節にすっかり身も心も暖を取った旅となった。感謝感謝。

 気学九星の話。方位について一言。
 
 気学を知らない人には、サッパリ訳の解らない事ですが、構わず書きます。この度の旅行の方位現象についてであります。暦には、陰陽があり、只今は立春から夏至の期間中、陽遁といって、九星の回り方が逆旋しているのです。そのため、方位も又、逆に配置する事になるのが順当な考え方で、東西南北、北東南西、東南北西それぞれが逆配置の判断をするべきなのであります。旅立った日は、九紫中宮で、取った方位は、西です。通常の気学盤では、二黒が西に配置されます。しかし、陽遁なので、反対にある七赤が配置されると観て方位を語る訳です。

 今回の場合、虎ふぐの高級料理で、盛大な酒盛りとなったのは、紛れも無く七赤の宴(うたげ)の象意であり、話の内容も結婚の祝い話となったり、七赤に遊興談話の象があり、歓談も盛り上がった訳です。もし、従来の盤の解釈ですと、二黒回座で、この場合には、食事も質素となり、話題も古い時代の話や、しけた内容になってしまう事になるのです。

 さらに、帰りの日について、日曜日に福岡空港より戻って来ましたが、この日は、二黒中宮日で、東京は北東方位となります。行きが西で帰りが北東とは、何故?という事になりますが、これは、地球が丸いため、方位を平面上で捉えてはならず、緯度計算をして方位修正をするためなのです。ここで、東京は八白の暗剣殺の気を受ける事となり、現象的には、他動的な邪魔が入ったりして事がうまく運ばない情況となる暗示なのです。実際、航空機の整備不良で出発が五時間半も遅れ、大変な思いをさせられたのです。八白に航空機の象意があり、ずばりこの事で帰りが遅れたのです。八白の暗剣殺の意味がそのまま出てしまったのです。

 気学占法をされる方は是非ご一考下さい。
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旅行に出かけます
- 2006/02/23(Thu) -
 福岡、下関に行ってきます。二、三日留守にします。

 ブログもお休みです。書き貯めた、これまでのを読んでいて下さい。
それなりに気合を入れて書いた文章ですから、参考にはなると思います。よろしく。次ページをクリックすると、どんどん遡っていきますので・・・
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占いブログランキング・25位昇格
- 2006/02/22(Wed) -
 皆様、有難うございます。

 かなり小難しい文面にお付き合い下さって心より御礼申し上げます。
 今後も精進して書き続けていく所存です。

 バーチャル世界での昇格降格レースです。どんな事が判定基準なのか、何がうけて何がうけないのかさっぱり解らないですが、精一杯励みます。よろしく。
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相談室探訪・実占編
- 2006/02/21(Tue) -
 家賃滞納の賃借人への対応。
 
 半年以上も家賃滞納で、出来れば出て行って欲しいが、相手が変人で交渉が難しいと言う。どう対処すべきか?という相談。

 亥月・癸丑日・寅卯空亡 沢天夬不変

 応爻を賃借人とするが、寅官鬼が臨み亥の月支と合している。しかし只今は空亡なのである。世爻(自分・大家)は酉の子孫爻である。相手が鬼なら当方は鬼殺しの子孫であり、相手を剋し打ち勝つ星だが、残念ながら休囚(力が無い状態)しており、日の丑に入墓(落ち込んで出られない情勢)する事になる。先方が空亡で当方が休囚日墓となれば交渉はさっぱり成り立たぬ象である。

 さて、穏便に解決する方法は無いものか?問われて、どう答えるか。

 「その部屋の入り口付近に石を置くといいでしょう。相手が気づかないようにセメントのブロックでも構いません」

 相手が寅の官鬼であり空亡ならば、木鬼(寅は五行では木気)ゆえ、神経にかなり異常をきたしている人間とも思えるので直談判は避けたいのである。鬼封じとして、今回の場合は、木気を倒す金気を使うのである。金気の物は石である。金物を使うも良いが、金だらいや包丁なんていうのを置くわけにもいかない。

 果たして、空亡が明けて後、申の日になって先方から退室の申し出があって見事解決したそうである。申日に答えが出たのは、相手が寅であり、寅を申が沖(逆様の支)したのである。

 鬼封じの方法は、その鬼の質(五行)を見て推求するのである。うまくはまればたちどころに効果が出るものである。

 別件。アパートの空室への対応

 半年以上空室になっており、早く賃借人を求める相談である。
 この部屋は南に面していて、日当りが良すぎて、見に来た客も最初は気に入るのだがなかなか契約までいかない部屋であるという。

 巳月・甲午日・辰巳空亡 沢山咸変地風升を得る

 宅爻は二爻であり、午官鬼が臨み動いて亥子孫を化出している。対策はこの象だけ取れば良い。すなわち火が水によって消され解消する意である。部屋に付いた火鬼を水を用いて祓えば、解決すると判断するのである。入り口横の窓には水色のカーテンを吊るし、さらに玄関の靴箱に水を置くと良いと指示する。これなら怪しまれないからである。

 大家がすぐに、「水取り象さん」にたっぷり水を入れ、靴箱の奥に置いた所、ほどなく賃借人が出来たという。

 午官鬼は、日に臨み亥に化して倒れる象であり、これを日辰壊変というのだが、この意を取って水を置く事で時を早めた訳である。

 まじないみたいなものであるが、実際効験があるのだから面白い世界である。五行易霊障解除占法とでも言うべきか。
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相談室探訪・実占編
- 2006/02/21(Tue) -
 家宅祟禍の占断

 病院・ケアセンター事務所に怪しげな気配。

 かつてスーパーストアーだった場所。内部を改造してオフィスとして使用。丸一年経過している。内部で働く人員十数名が、いずれも体調不全を訴えている。夜勤の者は気味が悪くてトイレに行くのも怖いらしい。時折物音もするという。

 巳月・己卯日・申酉空亡 火地晋変火水未済の卦を得る

 物の怪の気配や人の気配を感じる者は少ないが、事務所移転後体調不全を訴える者が多く、又些細な事で口論となったり互いに対立感情が次々に発生して悶着が多いという。

 依頼人はセンター長である。本人も日々精勤する気が起こらず、気が滅入って仕方が無いと言う。

 卦は火地晋の遊魂の卦であり、文字どおり霊魂浮遊の象である。家宅の霊障では、二爻を宅爻として、ここに官鬼の星が臨めば霊障ありと断ずるのである。やはり月と同じ巳官鬼が居て動いて辰の父母爻を化出している。白虎の星も付き、その念も強い。巳は火であり官鬼が火となれば、霊はかつて火災があったか、戦災で焼死体が土中に埋まっているか、いずれにせよ、地縛霊体を感じさせるものである。

 かつてはスーパーストアーであったが、長い営業ではなかったようである。どんな商売も駄目な場所だったようで、かなりの安値で手に入れた物件であるという。

 ともあれ、調べようも無く、祟禍の実態も解らないのだが、対処しなくてはならない。霊障封じの法は様々あるのだが、易断の象意から対応するのである。

 霊障の箇所については、巳官鬼ゆえ、巳方位すなわち南南東である。
 其処に土器の水がめに水(塩水)を入れて、置くように指示したのである。火の気を土に洩らし、その後水で消し去る。火鬼が封じ込められる理屈である。

 以来、三年以上経過しているが、皆元気になり、物音も一切しなくなって、安心して仕事をしているという。

 霊障封じについては、まだ沢山の実例がありますが、又の機会に紹介します。まるで陰陽師の世界です。

 五行易をされている方々は、是非納甲を付して検討してみて下さい。
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日曜日は温泉三昧
- 2006/02/20(Mon) -
 調布に住んでまして、近くの深大寺温泉に行ってきました。

 正月の初詣にも、この温泉に来まして、実はすっかりはまっているのです。調布駅北口より三十分間隔で送迎バスが出るのでとても便利。

 地下1500mから汲み上げる湯は、こげ茶色の成分たっぷりの湯治に適したお湯で体の内側から温まるもので、睡眠時には、ふとんをはだける程、ポカポカしてました。古い料亭を改造して温泉場になっているのですが、懐かしい日本の原風景が楽しめる場所です。
 実に昔風情の残る温泉で、足湯があったり、洞窟湯があったり、蒸し風呂もあって、楽しめる温泉です。名物は風水風呂という、露天風呂。東西南北に、青龍・白虎・玄武・朱雀の四神が石に彫られてあり、それぞれの石を背にして浸かっていると、ヒラメキを授かったり、やる気が出たり、人間関係が好転したり、財運を呼び込んだり出来る霊験あらたかな湯であるらしいのです。五色湖という湯では、赤、緑、黒、白、薄茶の五色の玉砂利が敷き詰められていて、足で踏むと強力な足つぼマッサージ効果になるという、これも有り難い温泉です。

 休憩所で湯上りのほてりを鎮めていると、隣に座っている初老の紳士が話しかけてきて、アンズのチュウ杯缶など頂き、しばし歓談。袖すり合うも他生の縁とばかり、世間話となりました。もっともその紳士の一方的なお話を聞かされただけですが、こんな情景は昔は何処でもあった事。『はて、いつまで付き合うのか?』と心配していたら、きりの良い所でお開きとなり、本当にレトロな触れ合いの場面でありました。時代が逆旋する瞬間でした。

 お近くの方は是非行かれるといいです。命の洗濯になりますよ。
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観相学入門・その8
- 2006/02/17(Fri) -
 観相学大家・中村文聡翁。水野南北翁著(康秀編)

 口について

 口の名称は、上唇を金覆、下唇を金載、口の隅を海角と呼ぶ。

 常に口を開いている人は金持ちにはなれない。口をガマグチにたとえているので、これは財布のヒモがゆるんでいる形、或いはガマグチが開きっぱなしなのである。散財の相である。
 唇は気力の門である。それ故、口が開いている人は、自然と気力が洩れてしまうので物や財の管理も甘く、やる事なす事だらしが無く根気も続かずに放逸な人生を送るのである。いつも口は締りを持たなくてはいけないのである。

 口が大きく、口中に自分の握りこぶしが入る人。
 大人物の相とされる。口が大きい人は、概ね体格も非常に大きな人に多い。生きる世界が財界なら、新しい領域を次々に開拓して、経済の段階を的確に掴み発展させていく人である。芸能の世界なら、この人を境に芸能界が一変したと言われるような歴史的人物となる可能性を有した人が多いものである。「口は思想の器である」と昔からの人相書にある。すなわち、大口はその人の考え方が非常にスケールが大きい事を示しているのである。もっとも、大口で開きっぱなしは、ただの阿呆であるから注意を要する。

 女性の大口。この人は男性的なものの考え方を持っている。したがって、いつも大きな事を考えるし、願う事も半端じゃない。生半可な事では満足しない人である。専業主婦にはなり得ず、妻座にチンマリ座っている事が出来ず、自分で何かをやらなくては気が済まないので、勢い、外に出て頑張る事になる。やれば、主人を構う暇もなく、そのため破縁になる人が多い。度々縁が変わるか、後家の相でもあり、夫を凌いで活躍するので、男から愛される喜びに薄い人生となる人が圧倒的に多いものである。こんな人は男女逆転の配偶を考えるか、さもなければ、結婚をしない境遇が望ましいものである。もっとも、この場合もくちに締り無く開きっぱなしの人はただの愚鈍な人であるから、注意を要する。

 口の陰陽として、男は陽であり口が大きい、女は陰であり口が小さい。したがって、男で口が小さいのは女口を持っているようなもので、心が小さくなる道理である。女の大口は陽相であり男勝りとなる道理である。

 男で口の小さい人は、心も小さく、些細な事に一喜一憂して、大業を成すことが難しい。根気も続かず中途挫折の多い人生である。人を補佐したり、従者として、大人物に近づけば運も開かれる。又、子縁が薄いとも言われる。女は無理な主張をしない従順和気の人となる。

 口が尖った感じの人は、狭量であり、こせこせして口説が多い。子縁も薄く孤独相である。あまり周囲から親しまれる人ではない。

 常に口中に唾液が溢れ、よだれを流す人は片親に縁が薄く早く離れる。又、根気が無く、物事を中途で放り出す人である。生家を離れて養子になる事も考えられる。

 上唇が少し跳ね上がる人は、子縁が無い。性情は落ち着き無く粗忽で心が浅い。涙もろい人も多い。多情多感で愛嬌もあるので、周囲には愛される人である。

 上唇より下唇が突き出る人は我意が強く、目上と衝突して、度々職を変える傾向である。上唇を与える情、下唇を受ける情と見るので、下唇が厚い人は我がままであり、自己主張が激しいものである。性情は、加虐傾向であり、サド気質である。逆に下唇より上唇が厚くなっている人は、与える情が強いので奉仕型の人であり、受け身の人であり、マゾ気質となる場合もある。

 常に口を閉ざしている人は、自然に気力を保つ事になるので、体も強く根気も充実した人である。

 口の隅(海角)が上がり気味の人は、一生食に困る事が無い。又、いつも微笑んでいる表情となるので、誰からも好感を持たれ、愛される。

 口の隅が下がっている人は、心に締りが無く散財の相でもある。又、誘惑に弱く、つまらない誘いに乗って身を崩す事が多い。

 口は食につながり、又言葉を発する器官である。良き食をなし、良き言葉を発するべしである。口に品性が表れるのも道理である。食に意地汚い者は発する言葉も濁るのである。よく考えてみよう。
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ブログ、ネット世界のバーチャル・リアリティー
- 2006/02/16(Thu) -
 ブログの中の私って一体何者。

 ブログ大流行の時代。猫も杓子もブログ世界で活躍。
 日々の思いや行動の記録を人様にご披露する自己発露の現場である。
 新たなコミュニケーションの広場が出来て、人生が拡がるのは結構な事である。ただ、こうした場を創る事に身を賭けて一心不乱の人も数多く居るのも事実である。通常の日常生活を放棄してまで掛かりっきりの方々は、人の営みから遠い所に居る事、次第に現実世界から離脱していってる自分に気づくべきである。自己発見のドラマは、他者との生の触れ合いが必要であり、外界との接触が無い境涯で、自分を創る事も見詰める事も叶わない事を知るべきである。

 極端な例では、グログ上で勝手な別人格を創りだし、すっかりなりきって虚構世界で大成功を収めている自己肥大人格の人が居る事である。
 どんな事でもブログに書き込んでしまえば、不思議なリアリティーが生まれ、見事な達成領域が出来上がってしまうのである。

 ネット広場の会話バージョンもしかりである。理想の別人格になる事で屈折した自己発露を成し遂げる事が叶うのである。統合失調の人にとって、この世界が救済となるのか、或いはさらなる人格破壊の一助となっているのか定かでないが、ある種、精神病理で問題のある異文化を醸成していると思えるのである。

 先ずは、自分の人生をきちんと生きる事が大事である。日々の人としての営みが必要である。ブログ世界が引きこもりの一因である事を知るべきである。「書を捨てて街に出よう」という標語がかつて流行った事があるが、同じ意味でブログやネット世界を生活の中心にするのは、是非やめようというのが、私の提言である。ブログでこんな発言をするのは、結構自己矛盾に満ちているが、ネット世界が逆に知的スノビズムにつながっている現実を痛感するからである。
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占い鑑定ランキング登録
- 2006/02/11(Sat) -
 鎌田康秀・美老庵ブログをより多くの人達に読んで頂くことになり
 ました。

 日々の想いを綴りながら、より良い人生の創り方を模索していく
 つもりです。運命とは、『運ぶ命』と認識して、運び方を考える事で
 人生の形がより一層充実し、多くの達成領域を得る手立てとなるのを
 目指します。

 未来ビジョン」をどう描くか、どうデザインするか。
 身に起こることは全て心の写し絵です。明日の姿は今日の心の中に
 あるのです。一緒に実りある明日を創っていきましょう。
 

 

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観相学入門・その7
- 2006/02/09(Thu) -
 観相学大家・水野南北著(康秀編)

 眼について。 眼の相で心の清濁、人生の苦楽を見る。

 眼がきびしい人は心も又きびしい。
 眼に勇気がある人は心にも勇気がある。
 眼が愚かしく見える人は心も愚かである。
 眼が濁っている人は心に辛労がある。

 眼が落ち着かずよく動く人は当分心が定まらない。
 家が定まらないか、或いは配偶者を定める事が出来ない。

 まばたきを多くする人は心がいらつき根気に欠ける。
 家を乱し対人関係も乱す人である。臆病だが、才はある人でもある。

 黒目の部分が茶色っぽく、俗にいう「猿の眼」のような人は、
 高慢で我意が強く、情も薄くて人に施す事を知らない。
 人が倒れても気に留めることがない。しかし、自分の事には熱心。
 仕事もよくこなし向上心も人一倍強いものである。
 猿は、物を食べる時は、貪り食う性質である。他者に施す余裕など
 無く一心不乱に喰らいつく。又、四足の動物は日夜駆け回り食物を
 求めるのを自分の仕事にしている。したがって、猿眼の人は自分の
 職には心を打ち込みよく働く人となるのである。

 眼が深く窪んでいる人は性急な性格で善にも悪にも強い。
 親の家を継がず一人奮闘して身を立てる。
 精力盛んで才能もある。涙もろい人でもある。
 体質は、腎気が弱い。そのため心が苛つく事になる。
 腎気が強い人は眼の肉付きもよく豊かである。腎気が弱いと
 眼の肉付きが薄くなり、深く落ち込むのである。腎気が弱いと
 結果おのずと肝気が逆立つ事になり、そのため心が苛立つのである。

 眼が大きく飛び出たような人は、家を乱し配偶者との縁が変わる。
 根気が弱く、子の縁が薄い。又親の家を継がない。

 眼が少し出ていて黒目の動きが多く、表面に光を放つ人。
 この人は必ず狂気となる。神経不安から錯乱する事となり
 妄想的になる。又自分で自分を苦しめる心理傾向である。

 白目の部分がほこりをかぶったように曇っている人。
 この人は過剰の荷を背負った痩せ馬のようで、苦労が多く
 人生が思い通りにいかず物事が滞りがちである。
 眼は一身の日月である。天が曇る時は人の気分もおのずと曇る。
 したがって眼が曇るのはその一身が曇るに等しい。
 故に眼に曇りがあるのは苦労が多いというのである。

 眼に活気がなく少し出ているようで清らかに見えるが、よく見れば
 濁っているようでもあり、光っているようでもあるそんな眼の人。
 視力に問題が発生して盲人となる可能性が高い。

 瞳に煙のような曇りのある人。
 近いうちに病気になるか、或いは大きな辛労が訪れるしるしである。

 眼の中縦横に黒目を動かす癖の人は盗心がある。猫が人を窺う目つき
 である。盗心でなければ、人を欺く嘘つきである。
 しかし、鋭さが無ければただの小心の人なので間違ってはいけない。

 相対する人が眼を見ようとする時、臆せずに大きく眼を開く人。
 この人は望みの大きな人で意思力も強い。しかし行動が激しく
 家を乱す事もあるので波乱含みの人生となりやすい。
 気力が充実している時には物怖じしないものである。
 したがって見詰められても臆せず眼を開く。気力が充満すれば、
 おのずと願いや望み事が大きくなるものである。

 相対する人が眼を見ようとする時、おどおどと眼を伏せ眼を開こう
 としない人。気が小さくて少しの事にも驚き心が萎縮する人である。 根気も乏しく人生の達成領域も狭い事となる。 

 相対する人が眼を見ようとする時、臆せず眼を開くが、その時黒目が
 下になる人。物事を人に明かさず自分の胸に包む人である。自分の
 心を人に知られると、特に女性に多いが心が弱いため気兼ねをする
 事がある。眼は心である。故に黒目を下にするのは、その心を隠す
 ようなものである。したがって、万事人に明かさず胸に包むという。 
 
 
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観相学入門・その6
- 2006/02/07(Tue) -
 観相大家・水野南北著(康秀編)

 額について

 額は主として社会的な関わり、特に目上との関係性の吉凶を司る。

 額が狭くて肉付きが薄い人は、目上と意見が合わず紛議を醸す。運も悪く苦労の多い境涯となる。ただし狭くても肉が厚い場合は相応の福運に恵まれる。

 額が広く豊かな人は、目上より引き立てを受け、運気も強い。
 額が広く、肉も厚いが凹凸があって角ばって見える人は、目上と意見が合わず相克する。引き立ては受けにくい。

 額が削られたように、又はゆがんだように、いずれにしても醜く見える人は、目上と心が通わず苦労が多い。運も良くない。
 額に疵(きず)があったりデコボコしている人は目上と意見が合わない。官の社会には適合せず、野に下る人である。昔の武家社会では、はみ出し浪人である。天の恵みも少なく流浪の人生となる。

 額が四角に見える人は出世が遅い。又生涯に一度は大きな苦労に見舞われる運命である。学問を身に付ければ、運が守られるが、目上に逆らう気質は直らず、つまらない苦労を背負う事となる。

 額が狭いのは、弟の相である。実の兄弟で兄より額が広ければ、弟であっても長兄の相であり、運は兄を凌ぐ。
 額が狭くても官禄(額中央部)の所の肉付きが良ければ弟の生まれであっても、惣領(長兄)の位に付いて身内の上に立つ事となる。
 額が広くても官禄の所の肉付きが薄い人は、たとえ長兄に生まれても親の家を継ぐ事無く弟の位となる。運も悪く苦労ばかりの境涯である。

 額の皮が厚い人は、顔に貧相があっても、必ず貧しいとは限らない。分相応の福運があるし、運も強いのである。

 額が出ている人は目上と意見が合わない。自己主張が強く、ごり押しをする人である。何かと周囲を乱し、家も守れず苦労だらけの人生である。印象もどことなく険しく和気に欠けている。

 問答集

 額が貴人および目上を司るのは何故か?

 ひたい(額)はガクとも言う。ガクは天帝の額である。故に貴人および目上を司るというのである。

 額が広いのが長男の相というのは何故か?

 額は天に応じている。天は豊かであるのを常とする。長男として生まれた者は、父母の血筋を最初に受け継いだものであり父母の祖先に連なるものである。それ故貴賎ともに長男の誕生を悦ぶこと大である。したがって長男として生まれた者は、生まれた時より父母親族の心を満足させており、天がおのずと豊かになる。天は額であり、当然広く豊かになるのである。稀に、額の広さが弟に負ける者がある。これは、出生時に早産か、幼児期の病弱かで親の心労を起こしたもので、天が悲しみ、狭く額を縮めたものである。相とはそんなものである。

 額が四角の人は出世が遅いというのは何故?
 
 額は天に応じている。天はまろやかで豊かであるのを常とする。額が角ばっているのは天の形に背いている。したがってこの人「天を得ず」という。天を得る事無ければ運はめぐってこない。故に出世が遅いという。額は目上の人との関係を表す。広くてまろやかであるのをを、「目上の官なる」また「天を得たる」ともいう。

 額が円いのは天の形に応じ、角ばっているのは地の形に応じている。したがって額が四角いのは天に地の形があることになる。これは天地陰陽を面上に戴くという学才があるという。だから学問を身につければ出世が早まるであろうというのである。

 総論

 額が狭くて肉付きの薄い人は、天がまろやかでないという事で、運が悪いのである。天の恵みを受けないのと同様に、この人は目上からの恩恵にあずかれない運命である。

 額が広くて肉付きも豊かな人は、天まろやかにして豊かであるのと同様に、運が自然にめぐってくる事となる。天の恵みを得る幸運の境涯となるのである。

 額のみで運気を推察するのは暴論であるが、一理はあり、実見すれば該当すること多いものである。是非一考の程。
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自分を愛せないから人も愛せない
- 2006/02/06(Mon) -
 いつまでも立ち尽くし途方に暮れているあなたに・・・


 自らの心に問いかけてみるけれど
 分からないことばかり。夢ばかり
 を追いかけてこんなとこまで来たけれど
 愛する人も何もかも、いくら探しても
 せつないほどに何処にもいない
 なぜか? 幾度も自分に問いかけて
 いつまでもいつまでも立ち尽くす
 かぎりない無駄な時を費やしなが
 ら、ため息ばかりがふわふわと宙を舞う
 人として再び回帰したい、取り戻したい
 もう一度、素の心になって精一杯の
 愛を語れる自分が欲しいのです
 せっかく生まれてきたのだから
 なにもいらないけど・・・ただひとつ 
 いつまでもいつまでも変わらない
 
 私の愛する心、愛せる心が欲しい
 
 自分の心を創って、まずは自分を愛する事から始めよう。
 自分が嫌いな人は向き合う人にも「好き」とは言えないのだから。
 自分探しもいいけれど、何処を探しても自分は見つからないよ。
 探す事より、創っていくのが自分を確かめる手立てになるんだよ。
 きのうとは違う自分、あしたに向かって歩き出す自分。
 そんな自分だったら必ず一緒に歩く友がいる。心を交わす人がいる。
 もう一度素の心になって自分と向き合って、自分を好きになろう。
 そして、思いを分かち合える人と出会っていこう。

 人は一人で生まれ、そして一人で死んでいくのだけれど、生きていく 道筋は、共に手を繋いで一緒に歩く人がいるのだよ。決して一人じゃ ないんだよ。いつまでも立ち尽くしていないで、勇気を出して、さあ 歩き出そう。手を差し伸べてあなたを待っている人がもう、すぐそこ
にいる。

 詩の文章は頭の一字を縦に読んでみましょう。「隠し文」です。 
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新年の始まり
- 2006/02/03(Fri) -
 節分明けから本当の新年が始まる

 年の区切りを立春にして運気を分析するのが咲く紺の慣わしである。流儀によっては、冬至説を取って一月を年の初めとする派もあるが、ごく少数である。

 本年度は丙戌・三碧の年である。九星象意では、三碧ゆえ、何かと騒がしい運気となる。もっとも、人の営みは情勢としては、いつも騒がしいのだが、なお一層という事になるのだろう。

 地震、雷、爆発の意があり、方々で混乱や被害がある時である。
 発明、発見の意からは、文明の新機軸となる偉業もあるだろう。画期的なテクノロジーが世界を驚かすかもしれない。
 他方、虚偽、粉飾の露見もあり、秘密謀議があばかれ、失脚する要人が出たりもする。国際情勢では、駆け引き、探りあい等で紛議の多い時。約束行動の履行不履行で戦乱も起こる可能性。又、銃器や爆発物によるテロの激化で多数の死者がでる模様。
 金融市場は、人心の不安もあり、実態情況とは異なった流れで乱高下を引き起こす。又、夏場に政変や、戦争勃発による暴落の見通し。中東情勢、或いは、中国関係で争乱が起こる可能性。中東情勢は、石油の原油価格の暴騰となる。

 又、丙戌の干支は乾いた土の象であり、旱魃被害甚大となる。地球の砂漠化も進む時。強烈な太陽光の被害も起こる。

 もっとも、今年はどんな年? について占い師が予言をするのだが、
何を言っても当たってしまう事柄を列挙すると・・・

 各地で戦乱、クーデターなど政変が起きる。要人暗殺がある。
 地震災害、崖崩れ、水害、旱魃、農作物の不毛被害、疫病の蔓延、
 航空機事故、船舶事故、列車事故、雷、竜巻の被害、などなど

 世界は広いのだから、どんな事でも毎年起きている。予言は必ず当たる仕組みになっているのである。

 さあ、どんな年になりますか?


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