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鑑定歴40年 面接鑑定専門 本格占い 癒しの隠れ家 四柱推命・断易・気学・風水・手相・他
■■■占断は的を絞って
2006/01/11 Wed未分類
 占い過ぎは実態がぼやけ、思考の迷路に入る

 再三すれば、易は乱る。同じ質問を何度も繰り返す人がいる。自分が納得するまで問い続けるのである。「易占は、さながら暗闇にて象を触るが如し」でもあり、そのために駄目押しとばかり、ある事象について、あらゆる角度から、見詰めようとするのである。しかし、告げられる卦象が次々に変わってゆくと、次第に象がマンモスになったり恐竜になったりゴリラになってしまうのである。混迷の極地に陥る場面である。たとえば、他者の心象風景の追跡となると、易で知る世界は、ひとつの卦ですら、大変な推理情況を強いられるのである。それを何度もやっては、相手の心を掴むどころか、ますます悩み五里霧中を彷徨うことになり、混迷の果て神経病みになってしまうのである。相手の心が見えない切羽詰った恋愛相談などが、この例にすっぽり当てはまるものである。

 これは、占いフリークの人も同じであり、自分の悩みを四方八方に問いかけ占い行脚となるのである。あっちでこう言われこっちでああ言われ、しまいに訳が解らなくなって、さらなる放浪の旅が始まるのである。いずれも自分の思考の座標軸が無いためのドラマなのである。物事の判断基準をまずは自らが把握して、問いかけるようにしないと支離滅裂な思考回路を創るために奔走する愚を演じることとなる。

 どんな事柄も考え分析する際には、思考の序列があり、整合性を求めつつ推論を積み重ねていって、確かな結論を出すものである。占いも本来は様々な事象の解析のために、統計学も含めての推理の術なのである。予言といった、摩訶不思議な論述に惑わされて神秘学だなどと、過信する所から話がややこしくなってくるのであろう。

命理学といわれる四柱推命、占星術、気学九星、大殺界でお馴染みの六星占術などなど。生年月日による運勢判断というのは、グラフ化された運勢曲線があって、読み取りやすい解析術であるが、これの盲点は一体どれだけの人間が該当するかという事である。四柱推命は、生年月日に生時をつけて精緻を極めた命理学云々と喧伝されるのだが、これも、人口比率では、世界規模では同じ四柱の命式の人が、現在の出生率から計算して、軽く五千人を超えてしまうのである。同じ運命を辿る筈が無いのは自明の理である。この命理学をもって、怖いほど当たる運命学術とか言ってるのである。

 占いのベースとして、人物判断の導入部に命理学があって、そこから、現実のその人間の人生模様の解析手順として、推理が始まっていくものである。したがって、命理が最初にあって、運命が方向付けられるというのは、全くの嘘である。まず人ありきである。

 したがって占断結果が現実との合致項目が見えない時には、やはり疑ってかかるべきであり、鵜呑みにして行動決定などは絶対にしてはならないと思うのである。世間の常識からはなはだしく逸脱した占断が結構世に蔓延っているから要注意である。問う側も問われる側も不毛な占い談義はしてはならないと思う次第である。占いで人生を狂わせている人が大勢居ることを痛感するものである。
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プロフィール

鎌田康秀

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    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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