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間違った記憶

 間違った過去の記憶シンドローム
 
 人生の真ん中あたりで、ふと過去を振り返る事がある。自分史の始まりである。様々な記憶をたぐり寄せ、どう生きてきたかを反芻する。心の軌跡、生きた足跡、錯綜する記憶の中から自分を見つける作業をし始めるのである。運勢論的には、穴に入った低迷期である。欝期ともなるが、より良く自分と対座して答えを出せれば明日に流れる源流となる。

 しかし、この自分史を語る時に、屈折の人生を自覚する人が数多いのも事実である。「どうしてこんな生き方になってしまったのか?」 「いつもこんな風にしか生きられない、こんな風にしかできない」
 実人生の行き詰まり、思い通りにいかない情況を認識した時に、いつしか意識退行の記憶彷徨に向かい、その原因を過去の屈折した愛情環境のせいにしてしまう人がいるのである。

 ほぼ中年期の女性に見られる特徴である。とりわけ家庭がテーマの主婦層が圧倒的に多いものである。夫や子供との関係性に存在領域を委ねる人は、私的愛情空間こそが第一の優先事項である。しかし、自らの育児が一段落したり、子供の側から自立的な対応を受けた時に、喜ぶと同時に欠落感や寂寞感を覚える。それを夫に訴えるが、夫も仕事に専念してまるで余裕が無い。そんな情況で心の穴に入っていくのである。

 「どうしてこんなに空しいのか?どうして心がみたされないのか?」
 充実した幸せな環境にいるはずなのに、何だか淋しい…。

 この心の様を、いつしか過去の探索から追求する所となって、
「そういえば、私は小さい頃、母親から愛されなかった。他の兄弟ばかりが可愛がられ、自分だけのけ者にされた」「親の過度の期待に押しつぶされた」「親から絶えず監視され叱られ続けた」などなど、幼児体験の屈折、心理的歪みに原因を求め、いつしかトラウマ実感にすり替えていくのである。

 悲劇的な生育環境、親への愛情飢餓のドラマはこうして捏造されていくのである。相談現場では、親との愛情交換に失敗した過去の記憶について、当てずっぽうに指摘して外れる事の方が少ない。誰しもが抱くトラウマバージョンである。中年婦人だけに限らない。男性も同様である。

 今淋しい事と、過去は何の関係もない。過去の愛情トラウマが人間関係の不和反目に関わっているという解釈も、実は、得手勝手な責任転嫁であることを皆、あえて追求しない。幼児体験の実体が凄まじい情況の人も勿論いるが、やはり圧倒的少数である。それなのに、愛情トラウマは至る所に散見する。簡単に人生屈折の解釈や理由付けの道具に出来るからである。人間は実はそれほどヤワではない。ただ、甘えの構造がそうさせているだけなのである。

 自分史は創るものであるが、トラウマ混入の悲劇編だけは、是非回避すべきものである。誤った記憶操作に陥らぬ事である。ネガティブな過去から、明るい未来は絶対に創れないのである。
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プロフィール

鎌田康秀

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    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

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