美老庵日記

貴方を診断!運命の創り方教えます。 運命への挑戦、心が操る人生を考えよう。

Entries

もう一度 熱き心

20090626121309


子供の頃や若い時代に望んだ

憧れの仕事 つきたかった仕事はありますか

もし 今の人生の途上で方向音痴になっているのなら

その仕事が これからでも可能かどうか

もう一度考えてみてはいかが?

もしかしたら出来ると思えるのなら

もう一度 新たな気持ちでチャレンジすればいい


“無理 無理 とてもこの年齢じゃ" と

残念ながら諦めるしかないのなら

それでも別の これからでも可能なことを

探ってみてはどうでしょう 求めてみてはどうでしょう


好奇心や興味は何よりの人生の起爆剤

疲れ果てた顔をしないで 諦めきった顔をしないで

目を輝かせて チャレンジ出来るようなものを

探してみませんか 見つけ出してみませんか

諦めたら そこで終わりだけど

断念しなければ 可能性はいつだってあるのだから


夏に向かう季節 降り注ぐ陽光に景色も色鮮やかに

そんな時空に胸の中も もう一度熱くして

大空に太陽に 手を伸ばしてみましょう


明日への希望を持つかぎり

未来の新たな自分を心に描いているかぎり

紛れもない青春の直中に居るのだから…

時代情況のせいになんかしないで

厳しい世情のせいになんかしないで

明日を創っていく熱情を持ちましょう

透き通った目

20060602160316


何を見つけるのだろう?

何を見つめるのだろう?

どんな目を してるのだろう?

心の目を 開いているだろうか?

目で捕えたものが確かな実体を見せているのだろうか?

心の目が開いていれば 真実が投影される

でも開いてなければ 映るものは ただのイリュージョン

透き通った心 何処までも澄んだ目が

自分の 生き方の本来の姿を透視する

思考の物差しを

思念の方向を

行動の意味付けを

明らかにする



虚心坦懐、心を無にして我を観る。
到底そんな事が出来る筈もないが、努めて心の目を開くようにする。
自分自身の立ち位置を明らかにして、思惑や肥大した願望を捨て
自らを見詰める事である。我を知る所から他者も見えてくる。
情況への視座も定まった時に、自分本来の生きる姿が明確になって来る。
あとは、時を待つ。動き出すその時を待つ。閃きや、想念の奔流を待つ。

季節を感じ取る

20090623111551


道を歩いていて

電車に乗っていて

車を運転していて

何を見て 何を感じていますか


季節の移り変わりを実感していますか

大気の流れを肌で感じていますか

落葉樹の葉が芽吹いて

鮮やかな緑から深い色に繁り

そして黄に変わり紅葉し 落ちていくさまを

蕾が膨らみ 少しずつ綻んで 花開いていく

香華を放ち峻烈な生命の美を謳歌するさまを


空の色が 一日の中でも どんどん変化していくのを

風がやみ 風が起こり 風が舞い

匂いを彩りを運び行くのを体感していますか?


忙しくて 余裕がなくて

目の前のことしか 目に入らなくて

自分のことしか考えられなくて

他のことは目に入らない まるで考えられない


そんな時 そんな場面 そんな情況は

心は萎み縮かんで頭は固くなり

柔軟性を失いすべてに頑なになっています


さあ 深呼吸をしてみて

胸いっぱいに季節の気を取り込んで

空に地に 周りの様々な風景に目を向けて

その身体中で季節を感じ取って欲しいのです


心が動き出し感覚が研ぎ澄まされ

滞留していた身体中の気が爆ぜて

きのうに囚われず きょうを怖れず

明日を創る勇気が生まれてきます

孔雀明王

20090619090616


心が疲弊して思考が澱みはじめている

自分が何者なのかも解らなくなっている

いつの間にか意識も混濁して

何もかもが混沌として捉えどころがない

知らず知らずのうちにいろんな場面で

いろんな毒を取り込んでいるのだろう


妬み嫉み(ねたみそねみ)恨み辛みの感情を

持ったり投げかけてしまったり

逆に四方八方から飛礫(つぶて)のように

悪想念や悪感情をぶつけられたり


そんな風に自他が作り出す邪(よこしま)な想いが

心に胸に滞留しているのかも知れない

関わる人々の濁り錯雑とした波動を受けて

平穏な境涯の筈なのに意味不明の悲壮感に囚われ胸が苦しい


生きている時空は究極は修羅の場なんだろう

人の歩く道は決して平坦じゃない

曲がりくねった迷路や落とし穴だらけの径

時には険しく入り組んだ錯綜のけものみちもある

曲がり角には魔界の誘惑や奸計もある


そんな時には もう頼るしかない 祈って願って

取り憑かれた毒を解き放って下さる神仏に縋るしかない

意識を集中して深く念じて…


中でも孔雀明王の降臨を望むがいい



『孔雀明王』

元来はインドの女神:マハーマーユーリー「偉大な孔雀」の意。
摩訶摩楡利「まかまゆり」孔雀佛母、孔雀王母菩薩。金色孔雀王とも呼ばれる。
四本の手には、それぞれ倶縁果、吉祥果、蓮華、孔雀の尾を持つ。

孔雀は害虫やコブラなどの毒蛇を食べることから
「人々の災厄や苦痛を取り除く功徳」があるとされ古来、信仰の対象となった。
そこから後年には、毒を持つ生き物を食べる所から
人間の煩悩の象徴である三毒(貪り、怒り、痴行)を喰らって
佛道に成就せしめる功徳がある佛という解釈が一般的になる。

魔を喰らうことから、大護摩に際して除魔法に
孔雀明王の真言を唱える宗派も多い。

又、雨を予知する能力があるとされ、雨乞いにも用いられた。

孔雀明王を本尊とした密教呪法は「孔雀経法」と呼ばれる。
真言密教において孔雀経法による祈願は
鎮護国家の大法とされ最も重要視された。

経典:大孔雀明王経(大孔雀明王画像壇場儀軌
真言:オン マユラ キランディ ソワカ

諸願成就、消災、除厄、息災延命…

(Wikipedia参照)

仏画 『孔雀明王像』 松井辰子先生作

茅の輪神事 大祓人形

20090629081816

20090629081814

20090629081807


夏を迎える季節の交替期 年の真ん中に

これまでの心の垢も 想念の歪みも

苦労の種も何もかもを

禊(みそ)ぎ浄化する事で

残りの時空を実りあるものにする

それが茅の輪神事に 大祓人形の神事です


心に身体にこびり付くものが

日々の行い 日々の営みを動かしていく

運の強弱深浅や 願望達成の可否も

知らず知らず取り憑き こびり付くものが操っていく

茅の輪を正しくくぐれば垢や穢(けがれ)が剥離するといいます


そして氏名年齢(数え年)が記された人形(ヒトガタ)の紙札

それを供養する事で罪穢の消滅 心身浄化をはかる 「大祓人形」

天照大神 やおよろずの神の加護により

安寧発福の祈念を果たす天地神妙の儀式だそうです


はじめて大祓人形の「禊ぎ行」を申し込みました


いつもの参詣とは趣が異なり 身が引き締まる思い

境内の御神木の放つ波動も一層強く

身体中が痺れるほどの霊気に溢れていました




府中 大国魂神社 『大祓人形 茅の輪神事大祭』

共感を求めて

20090626104239

20090626104234


心が悲鳴を上げているとき

思考が混乱してパニックになって

身体中が吹き荒れる嵐に見舞われているとき

諭すような冷静なアドバイスなど耳に入らない

いや 心が受け付けない


“そうじゃない そんな言葉じゃない!"

欲しいのは ただ共感し寄り添ってくれる気持ち

相手の冷静さが客観視が 冷たさに感じられ

投げかけられた言葉が心を抉(えぐ)っていく

胸を抱きかかえ 耳を塞いで

“そんな言葉を聴きたいんじゃない 違うんだ!"

“私が欲しいものは もっと違うもの"


…心の叫びは 相手には聴こえないのかもしれない

ただ 心が嵐の中に居る人に対して

正論を言っても 正しいアドバイスをしても

その人の胸には 心には届かないことを知っておいて欲しい


時には自分の価値観を考えを横に置いて

相手の気持ちに応えることも考えてみることだ

「それが思い遣りかもしれない」と

労る気持ちが働くのなら…

心のバランス

20060615101819


物事の本質は いつも両極の反対概念

片方だけでは 成り立たないもの

陰陽・吉凶・善悪・禍福・快苦

深浅・強弱・長短・上下・左右・・・

対の概念 対の視座

定立・反定立・統合 そして 又さらに二極分化する


思考概念の深まり

中庸 調和を図って 答を導く

どんな望み いかなる目的も

思考を深めていく事 反定立を想定して吟味する

バランスを欠いた決意の行く先は破綻・混乱



そんな風に思える時代は、人生の修羅を何度も何度も
くぐり抜けて、やっと到達する境地だと思います。
本当は、悩み惑い混乱しながら手探りで生きる。それが人生。
「アンバランス・屈折・自己矛盾・そして破綻」
何でもやってみなければ物事の本質は見えてきません。

「生きた分だけ解り、解った分だけ生きる」というのは
しくじった分だけ賢くなるという事なのでしょう。
アンバランス。大いに結構、絶妙のアンバランスで生きてみれば良いのです。
幾重もの苦悶葛藤のすえにバランスの取り方が少しづつ解ってくるはず。

でも究極の人生の味わいは、まさに屈折情念の賜物なのですから
調和座相(心のバランス)に固着するのは、とてもつまらない事だと思います。
生きる醍醐味は、情念の炸裂だったり、冒険だったり
思考や想念の行動実験なのだと思います。
安心立命の境地こそは、人を生かす道ではなく、ただの倦怠です。
失敗も挫折も含め、人生のドラマはダイナミックにぶちかますのが面白いのです。


願望達成のためには

20060529160919


人は誰もが 願い望むから 明日を考える事が出来る

今日とは違う自分を創っていく 少しでも 進む未来を模索して

新たな自分 昨日とは違う自分を  そう思いながら いつも堂々巡り

願い望む それなのに・・・ ただひたすら ただ闇雲に

でも願い望みが 叶うのは 叶う道標を持っているから

ただ闇雲に 心に描いても それはただの 絵空事

夢の また夢  仮想空間の幻覚なんだ


何がしたい どうなりたい  何が欲しい どう手に入れたい

願うものの正体 望むものの実体を

それをしっかり見極めて はじめて 願望達成のプログラミング

願いを果たすため 望みを結ぶため 何が必要か 何を知るべきか

方法論のないプログラムは ただの夢物語 だから

願っただけで叶うほど 運命は甘くないんだ



見事 魚を釣り上げた猫太郎 この嬉しそうな顔。

何度も何度も失敗して、死に物狂いで学習した結果に、やっと達成の歓び。

汗を流した分だけ 結果が出る。その事を教えている。

人生の梅雨

20090623110326


雨に打たれて 濡れそぼって

首を傾げ うなだれていても

雨が上がれば 艶やかな葉になり花になり

生き返ったようにみえる草花や樹木

梅雨は四季の天気運行だけじゃなく

人生の季節として訪れ巡ってくる


胸が塞がれる思いで 俯きながら歩くことしか出来ない

家に閉じこもり 膝を抱えて嘆くことしか出来ない時もある


でも今はそうでも いつか陽が頭上に輝き

アナタを照らす日が必ずやって来る

その時には 光に包まれた全身からオーラを放って欲しい

晴れやかな笑顔で 溢れる慈愛の心で

周りを包み込める人になって欲しい


幾重にも連なる雨の日を通り抜けた

ぬかるみを泥んこ道を歩いた人だけが

持つことの出来る大きさと

一皮剥けた 清々しいアナタが

そこに居るはずだから…

身動き出来ない時

20060526182130


どう足掻いても なす術がない

そんな今は耐える時

動けない時は 動かない必然がある

動かない事で 見えて来る 事がある

動かないで 知る事がある

動く その時のために 確かめるのだ

揺らぎない自分と 挫けない自分と

確かな未来指標を 思考と行動の基本軸を創るため

焦らないで 慌てないで 恐れる事もしないで

じっと じっと時を待って しっかり自分を見つめて

大地を踏みしめる自分を心に描いてみよう

必ず道は開ける 確かな未来へ続く道が開けてくる

明日の飛翔を 夢見て

聖観音

20090615173719


訳もなく悲しくなったり寂しくなったり

不確かな自分に揺らぐ心

きのうが解らず きょうが見えず あしたが知れない

自分が何処に居て 何処に行こうとしているのか…

実存への恐れに取り憑かれて煩悶する


そんな時には心を静めて そっと内観してみよう

観自在 あるがまま 心の内を観てみよう

いつしか天上から聖観世音菩薩が降臨する

私達をいつだって見守って居られる観音様が降りて下さる

何も語らず 何も問わず ただ微笑みかけて

安寧に満ちた至福の境地に誘(いざな)って下さる

不確かな自分の実像が次第にはっきりしてくる


いかに卑小で愚かで脆弱で無知蒙昧で

とりとめなく 浅薄な自分を見詰めながらも

決して辛くなく 悲しくなく もはや苦しみの観念は遠のき

魂の充足へと向かう 思念が湧き上がってくる

そんな境地へと導いて下さる



『聖(しょう)観音』 梵語:アバロ キテーシュバラ

観世音 観自在 光世音 と訳される

観世音とは「世の音を観る」の意であり
一切の衆生(人々)の声や願いを良く見抜かれるという事です。

蓮華を持つ観音を聖観音または持蓮華観音といいます。
左手に蓮華を持ち、右手は施無畏印(掌面を掲げて前に向ける)が主流。

「何も怖がる事はない畏れる事はない
すぐにも心を浄化して、罪業を解いてあげよう」と…

諸々の苦難除去をして下さり、現世利益をもたらし
厄除け開運授福、また霊障解除や先祖の成仏
そして極楽往生などなどの御利益をもたらして下さる。
そんな幅広い万能の菩薩様として
長き歴史の中で篤き信仰の対象となっています。

経典は「妙法蓮華経」「観世音菩薩普門品」「般若心経」

著名なのは、奈良薬師寺東院堂の本尊像
京都鞍馬寺像、東京浅草寺にも祀られています。
(wikipedia参照)

仏画 『聖観音』 松井辰子先生作

心を鎮める

20060711131220


瞑想 静かに心を内観する

雑念が走っても そのままに 思うに任せて

そんな 時の過ごし方をしてみよう

好みのインセンス(香)など焚いて

しばし 心をゆったりと開放してみよう

どんな思いが出てくるか

どんな気持ちが湧き上がってくるか?

心の底から安らぐ空間となるのか

それとも得体の知れない不安となるのか?


立ち止まる事 時を少し留める事で

見えてくる自分 感じ始める自分

そこから 明日への 活路が見えてくる

もし見えない時は 自己対話が出来ていないため

何度でも 何度でも試してみたらいい

何も無くても 何も起こらなくても

心の奥が広がって そして深いものになっていく

家庭菜園

20090618124413

20090618124409

庭が無くても土が無くても

野菜を育てることが出来る

鉢植えでいろんなものを育てる時代になりました


スズなりの実はプチトマト

赤い実はどんどん食べていく

そうしないと新しい実がならないのだそうです

でも何だか愛しくて赤い実をもぎ取る気になれません


そんな風に思っていたら

二三日前に食べた野菜サラダに

プチトマトが入っていたのを思い出し

家族に確かめると やはり鉢植えのトマトの実

これが実に美味しかったのです


次はナスビにするか キュウリにするか…

でも やっぱり欲かいて野菜なんかじゃなくて

縁起担いで「銭のなる木」がいいかな… …

雨の宴

20090617143111

20090617143106


降りしきる雨に 紫陽花の葉が歓んでいる

門灯に照らされて葉脈が唄い踊る様が

鬱陶しい梅雨を彩り 楽しいものにしている

しばらくは雨また雨の日々だけど

自然の営み すべては天の運行のドラマ


すっかり濡れそぼって黙々と進む家路に

明るい門灯の華やぎに触れ 疲れも忘れて

和やかな気持ちになって門を開ける



我が家マンションにて

交わす言葉

20090603183813

20090603183811


言われた言葉 投げかけられた言葉に怒り

"頭に来た!" と叫ぶ前に振り返って欲しい

その前に キミが何を言ったか?

何を突きつけたか? どういう態度をとったか?


もしかしたら キミがその言葉を

引き出したのかもしれないから

返されたものは キミの放った波動の投影

売り言葉に買い言葉 人はキミの合わせ鏡


…自分は何を言ってもいい

どういう態度をしてもいい

だけど相手のは絶対に許さない!…

そんな自分勝手は 誰も認めてくれないのだから


もう一度思い起こして

自分を振り返ってみて欲しい

悪態をつくのは 文句を言うのは

それからでも遅くはない

心癒やす水

20090605191951


疲れ渇いた心に 癒やしの水

心が枯れて渇いた時には

優しい言葉が欲しい

心癒やされる愛に満ちた投げかけが欲しい

喉にしみ入り 身体にしみ入り 心にしみ入る

干天に慈雨が降り注ぐような

しっとりと隅々まで潤してくれる水に似た

そんな言葉が欲しい


人は水を求めるように 優しい潤いの言葉を求める

心のこもった言葉 慈しみに溢れた語りかけは

ぞーっと包み込むように人の心にしみ入り癒やす

渇いた心 枯れきってしまいそうな感情を

優しく撫でて ゆっくりと

生きる希望や情熱を甦らせてくれる


汗をかいてカラカラになった喉に 清涼な潤いをくれる

滋味溢れたアイスコーヒーのように…


『癒やしの水』改稿

あの空へ あの銀河へ あの宇宙へ…

20090603143034


夜空の 小さく瞬く星の間を

光を点滅させながら飛んで行く物体

ヘリコプターかセスナ機 或いは旅客機だろうけど

もし それがUFOだったとしたら

遥かな銀河へ 遠い宇宙へと想いが飛ぶ


もし光のエスカレーターが天空から降りて来て

この目の前に現れたら

迷わず踏み出して 乗ってしまうかもしれない


なにも変わり映えしない日常への不満や

いつまでも埋まることのない

胸の空洞を抱えたままでいるより

あの空へ あの銀河へ あの宇宙へ

夢を馳せていた方が楽しくなるから


赤 青 黄

光を点滅させながら行く飛行体へ

限りない想いを託して

遠くの空を見上げながら

いつもの道を歩いて行く

雨の彩り

20090609145800

20090609145758


いよいよ梅雨到来

鬱陶しい大気に 精一杯華やぎ賑わう

降り注ぐ雨を彩る紫陽花達

地面を打ち 跳ね上がる雨が楽しそうに

軽快なリズムを刻んでいる

傘の中にはそよ風が通り過ぎていく


ふんだんに豊かな水の恵みを受けて

滴を垂らしながら満面に笑みを湛える花達


きっときっと いい夏になるだろう

水面に月映り

20090611193743


痛み傷ついた心を そーっと包み込む

悲しみ苦しみに打ちひしがれる時

心から願って 胸の奥底から祈って縋(すが)ってみたら

優しい月の光を冠して水面に映して

ふくよかで慈愛溢れる『水月観音』 が厳かに降臨する


白衣(びゃくえ)を纏い 

救いを求める者達の心を魂を包んで下さる

御姿(みすがた)すべてが柔らかな包帯のよう

祈るも願うもすがりつくのも 許して下さる

人の愚かさ脆さ浅ましさも

人の世の儚さも何もかも見通して

微笑みを絶やすことなく

水面に映る月のように衆生を見守って下さる

何処までも澄み切った美しい御姿

わだかまりや不安を除き清めて「安心立命」を願う

干天に降り注ぐ恵みの慈雨のごとく

すべてを洗い流し浄化し 苦難を吉祥へと変えて

迷える衆生を導き済度の成就を祈願して下さる


『水月観音』

梵語 udaka‐candra‐binba ウダカ チャンドラ ビンバ

『幻・夢・響』

密号を潤生金剛と言い宋の時代、中国で篤く信仰される。

水に映された月を意味し、佛教の蘊奥「般若心経」の説く『空』 を顕し
夢も幻も実体は存在せず、一切空なりと主張する観音菩薩です。
玄奘三蔵の守護佛として知られています。

真言:オン ハンドマシリエイ ソワカ
   :オン ビシュダ ハダマ サタバ ケイタ ソワカ

(Wikipedia参照)


仏画 『水月観音』 松井辰子先生作

開けてはいけないパンドラの箱

20090603182551


気付かなければよかった

見なければよかった

テーブルに置いてあった あの人のケータイ

手にして開いて つい見てしまった日から

心は波立ち 感情は逆立ち 荒れ始めてしまった


ケータイのメモリにあった名前 名前 名前

何人もの女との謎めいたメールや電話のやりとり

見なければよかった 見てはいけなかったのかもしれない

でも もう無にすることは出来ない

気になって 辛くて悲しくて苦しくて

つい 隙を見てはケータイを覗いてしまう

その度に 激しく揺れ動き渦を巻く心模様

それなのに手にして見ずにはいられない


あの人に聞けばいいのかもしれない

直接確かめればいいのかもしれない

でも聞いてみて 本音を言われたら

或いは 本音と言って嘘を告げられたら…

頭の中をグルグル巡る思いに囚われ

あの人への気持ちさえ 解らなくなっていく


ケータイを覗くことの罪

パンドラの箱を開けてしまった罪 苦しみ…

花が咲く…

20090609144642

20090609144637


我が家のサンセベリアに花が咲きました

でも これは果たして花と言うべきものでしょうか?

ご存知の方は是非コメント下さい お願いいたします


はてさて これからどうなっていくものやら

どうしてあげたらいいものやら

かなり強い香りがしています

今まで長いこと サンセベリアと付き合ってきましたが

こんな姿はまるで初めて


十日前あたりに気づいたのですが

日々目覚ましい成長を遂げているのです

何だか嬉しいような 何だか怖いような…

きっと吉兆だと信じて 成り行きを見守って

日々楽しんでいこうと思っています

物事の受け取り方 受け止め方

20090602125937

20090602125935


投げかけられた言葉に

嬉しいと感じることもあれば

辛く苦しいと感じることもある

温もりの優しい言葉さえも 

イヤミや からかいに感じることもある

勇気づけや叱咤激励も虐め苛む石の飛礫(つぶて)と思う


同じ言葉なのに同じ投げかけなのに

受け取る自分の心象で違ってくる

その時の心模様で 受け止め方で情況が変わってくる

心が何を感じ何を見つめるのか 何を捕まえるか

喜ぶことも 悲しむことも

感動も落胆も ありとあらゆる感情の渦が

人生の明暗を分かつ 悲喜交々に時空を分かつ

幸せも不幸せも 嘘も本当も すべては心が決める


だから いつもいつでも 心を見つめていよう

曇り切った心に太陽の光は差してはこないから

荒んだ心に爽やかな薫風は吹き飛ばされてしまうから

依怙地な心が固い岩盤を作ってしまうと

流れる血潮も水もせき止めてしまうから


そうならないように そうなることで

大切な人生の道筋が歪んでしまわないように

人生の道 創る道 歩いて行く道

20090602122825

20090602122817


“あれっ いつもとちがうな!"

それが気持ちでも 嗅覚でも味覚でも触覚でも

そんな身体の調子でも 見える聞こえる世界でも

不確かであれ いつもとは違う質感を持つのなら

それは変わり目 変化の始まる兆し

五感が印す新たな未来への模索

新たな道筋へと踏み出す予兆


人の行く道は 一本のなだらかな道ではなく

錯綜し拮抗する 点と点を繋いだ線

点と点の間は曲がりくねっているかもしれない

段差があり落とし穴があるかもしれない

堂々巡りの迷路だったり 入り組んだ袋小路かもしれない

光と闇の交錯する幻惑の空間を彷徨うかもしれない

だから退屈しない それはワクワクドキドキの多重世界

パラレルワールドだから 面白いのかもしれない


“何か違う 何か変だ!"

そう感じたなら いつもよりもっと

真剣に自分の周りを見て欲しい

凸凹道を作るのも 見晴らしのいいハイウェイを作るのも

木立の中を行く遊歩道 坂道も平坦な道も

山道 けもの道 いばら道 曲がり道も…

みんなみんな アナタ次第なのだから


人生の道 創る道 歩いて行く道…

その考え 大丈夫?

20090509180751


信念を持っていることはいい

確固たる主義主張があることもいい

冷静に理性的判断で そう思えるなら

それはとても素晴らしいことかもしれない


だが 気分や感情に任せての暴論

得手勝手 自分勝手な屁理屈

負けず嫌いからのゴリ押し

そんなものは 信念でも主義主張でもない

場を見ない 空気を読めない“自己中"サンだ!


自分の思っていることが 考えていることが

その場の中で一体どういう意味を持つのか

冷静に的確に判断出来る客観性がないのなら

すぐ口に出すのはやめた方がいい

人前で話すのは待った方がいい

自分の常識が皆の非常識ということもある


バランスのとれた言動をするために

キミの その信念とやら

もうちょっと よく考えてみないか?

切り取られた情景

20090601120650

20090601120644


ドアを開けた途端

ムッと生温かい空気に包まれる

むせかえるような辺りの匂いを含んで

人々の生活の醸す匂いを運んでくる


雨に洗われて 艶やかに光る木々の葉

風に飛ばされて滴(しずく)が落ちてくる

傘を手にして歩き行く人々の

疲れた横顔が煤けて 曇り空のように見える

通り過ぎる車が勢いよく飛沫を上げていく


水溜まりに浮かびユラユラと揺れる一枚の葉

悲しげでもなく 淋しげでもなく

水面をたゆたいながら彷徨っている

降り注ぐ雨が塵や埃を洗い流し

風が樹木を鳴らし生命の営みを 生活を運んでいる


学校帰りの若者達 勤め帰りの人々の顔が

街の大気の中に溶け込み沈んでいく

そんな そんな すべて風景の

切り取られた情景のひとコマ…

心に燃えるもの

20090528173411

20090528173407


アナタの心に花が咲いていますか

その花はどんな色をしてますか

燃えるような朱色ですか

こみ上がる生命の躍動がありますか

魂の息吹き 奮い立つ熱情がありますか

燃え尽きたって構わない そんな炎立つ思い

明日を創って 未来を築いていく決意がありますか

自分を愛し 人を愛し 人生を愛し慈しむ

朱い花の 炎のような熱情がありますか?


ふと見つけた通りすがりの花に

呼び止められて その清冽で峻烈な精気を浴びて

少し戸惑いながらも 忘れていた熱情を喚起されました

背を伸ばし 大きく胸を張って

新たな気持ちで歩いていこうと

踏み出した足はちょっぴり力強くなっていました



そんな花との出会いに感謝

花との語らいに“ありがとう"

寄り添って

20090528175856

20090528175853


背き合い 責め合い 傷つけ合い

拮抗して 対立して ぶつけ合いの争いの中で

互いの存在を確認する 互いの渇愛を写し返す二人


愛した分だけ愛されたい

思った分だけ思われたい

尽くした分だけ尽くされたい

なのに いつだって何も叶えられない


いつも愛情飢餓の削げ立つ思いをたぎらせて睨み合う


愛されたいから愛してみる

思われたいから思ってみる

尽くされたいから尽くしている


そんな風にいつもいつも見返りを求むての愛情ドラマ


もう そろそろやめてみないか

そんなこと続けても心が満たされることはない

そっと寄り添って何も求めず ただ見つめ合って

一緒に居ること 同じ時空を共有していることに喜びを感じて…


それだけでいい

そこから何かが始まる

まずは寄り添ってみることだ

流されるままに…

20090515204334


“何か変な気がするけど これって気のせいなのか

自分が考え過ぎなんだろう…"

そう感じ続けながら流されていると

いつか 自分では其処までと思っていなくても

他の人から見たら危機的状況に追い込まれているかもしれない

闇雲に突き進んで迷路に入り込み 

いつしか闇夜を徘徊しているだけなのかもしれない


急激な変化なら誰でも気づくけど のほほんと楽観的に考えていたり

少しずつ周囲に流され 情に流されて 恋に盲目になっていたり…

それが実は取り返しのつかないことになっている恐れがある


自分の基盤は 足場はしっかりしているか ?

心のバランスは取れているか ?

冷静な判断力を維持しているか ?


何か変だと感じたら 妙に気持ちが波立つようなら

チェックしてみて欲しい 確認してみて欲しい

幸せは天から降ってくるものでも

誰かが与えてくれるものでも 棚から落ちてくるものでもなく

額に汗して励んで動いて その手でしか掴めないのだから


月を曇らせないで欲しい

その先にある道筋に光を与えるためにも……

季節の光眩しくて 心惑う

20090515203933


新緑の木々の息吹き

腫れ上がった高い空

降り注ぐ眩しい陽射し

爽やかにそよぐ風

そんな気持ちの良い季節のはずなのに


心が疲れていると 胸が塞がって

家に閉じこもりたくなる

体が固まって身動きが出来ない

明るすぎて 心が受け止めきれない

自然と自分の距離がありすぎて

目にフィルターがかかってしまう


走り出さなければ 一歩を踏み出さなければ

そう思うだけで 足が竦んでしまう

そんな時

“無理しなくていいよ"

そう誰かが声をかけてくれたら

楽になれるかもしれない


でも もし誰も声をかけてくれないなら

陽射しが辛いなら 日傘をさせばいい

日陰をそっと歩けばいい

周囲に溢れる大気のパワーで疲れてしまうなら

自分ひとりで過ごす場と時間を作ればいい

そんな風に自分に話しかけて欲しい

心が疲れている時に無理をしても

出来ることは少ないのだから……

招き寄せる幸せ

20090519164903


お金 成功 健康

招き寄せる幸せは 願い始めたらキリがない

愛 名声 信頼 そして あれもこれも何もかも…

欲しいもの 手に入れたいものは限りがない

招き猫三匹揃い踏み 三匹三つ巴の欲張りバージョン


人の欲望には際限がなく 一たび囚われたら

まるで底なし沼のように 果てしなくのめり込んでいく

でもすぐに苦しくなって足掻いてもがいて

結局 手には何も入らない


招き寄せる前にしっかり考えてみましょう。
自分が本当に欲しいもの、そして手に入れた後の自分のあり様。

ただ闇雲に求めるのは愚かなことです。 考えてみましょう。
招き猫は私達に何を教えているのか?
願って招いて やって来る幸せに値いする自分のあり様を考えさせているのです。
招かれたものが“とてもイヤだ!勘弁してくれ" と拒否しないための自分創りです。

立派な招き猫を何匹置いても、まずい食べ物屋にはお客が寄り付かない。
それと同じ道理です。


『招き寄せる幸せ』復刻

Menu

プロフィール

鎌田康秀

  • Author:鎌田康秀

  • ランキングにご協力お願いします。
    人気blogランキングへ

    鎌田康秀相談室


    吉祥寺で生まれる。幼少の頃、神戸で過ごす。
    学生時代は演劇青年(不条理系の芝居}。今でも芝居好きで、観劇が趣味{ジャンルは問わず)。占術家以外では一時期、クラフトデザインの仕事に就いた事がある。少し絵心もあり。犬、猫、ウサギが大好き。でも一番好きなのが、やはり人間。思いを共有できた瞬間が最高。語り合う中で未来ビジョンが出来た時が最高。

最近の記事

最近のトラックバック

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

四季の花時計

旬の花時計

ブログ内検索